窓崎ネオン

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「はぁ、はぁ」

立ち止まって、息を整える。

薄暗い路地裏は、わたしの乱れた呼吸の音以外には、満月の光がひんやりと降り注いでいるだけだった。

「なんとか巻いたかな・・・」

懐を探ると、出てきたのは控えめな装飾が施された短剣。

王宮からこれを盗み出して二日が経った。

後は亡命の手筈さえ整えば、というところまで来た。

「これさえあれば・・・この剣の力さえあれば」

この剣は、ただの短剣ではない。

知る者こそ少ないが、この剣は遥か昔、この王国の王が神々から与えられた、魔剣だ。

王国の千年をこえる歴史が紡いできた叡智が魔式としてこの小さな剣に刻み込まれているのだ。

この剣さえあれば、幾億の星々を支配することも、巨万の富も思うがままだ。

でも、わたしにはそのどれも興味がない。

わたしはただ、もう一度妹や、母さんたちと一緒に暮らせるようになりたい。

「この世界は間違ってる・・・突然隣国が介入してきたせいで、内乱まで起きて・・・国が分裂して、突然母さんや、シャーニア・・・妹にも会えなくなって・・・この世界は呪われてるんだわ」

愛する家族と共に笑って暮らせないのなら、そんなものが平和と言うのなら、わたしは、たとえ化け物に成り果てたとしても家族を守りたかった。

「お願い、剣よ、所有者の命に応えよ」

短剣で切りつけた親指から血が滴る。

その血液が一滴、また一滴と落ちると、突然夜闇を切り裂くような光にあたり一帯が包まれる。

「わ!」

“誰だ 我を呼び起こす 理知らずの愚か者は”

男とも女ともつかない声。

目の前に現れたのは、月夜に照らされ輝く白金色の髪、短剣と同じ斑模様が編まれた長い聖衣をまとった存在だった。

神、というよりは医者のように見える。

仮面をかぶっているため、顔は窺い知れないが、もし顔が見えたとしても、その心中を推し量ることはできないだろう。

そう思わせる、人間のような感情を持たない別種の生き物の雰囲気が漂っている。

なるほど、神というのは案外、人間より欠けた存在なのかもしれない。


3/7/2023, 2:24:04 PM