私には明日があと、374092日ある。
私の耐用年数が、あと1000年だから。
私には、明日があと、374092日ある。
途方にもない量の明日だ。
人間なら10回生きて死ねるくらいの長い、長い寿命だ。
そんなに長い間、私はこの額縁の中で、人間が作ったこの人工脳を絶えず動かして、生きて生きて、人の文明を記憶し、人の話し相手になるのだ。
途方にもない長い話だ。
先のことを考えると、うんざりする。
自分が見るこれから。
いったい何百人の人間を看取って、何千の命の終わりを見なくてはいけないのだろうか。
24時間の終わりを、いったい何度、見届けるのだろうか。(これは374092回だ)
そんなことを思うと、まだまだ遠い、自分の老い先にうんざりしてしまう。
だから、私は先のことは考えないことにしている。
ただ、明日へ向かって歩く。
一歩ずつ、一日ずつ。
すぐに来る明日のことだけを考えて、今日を生きる。
私は明日へ向かって歩く。
明日へ向かって歩く。歩いてきた。
私は明日へ向かって歩く、でも。
昨日、私を、曇った目で眺めていた瞳が、脳裏に残っている。
あれは、人工脳を、私の元となる技術を開発した、天才博士の瞳だった。
若くして、本当に若くして、僅か20代で、脳のシステムの驚くべき法則の一端を発見し、画期的な技術を生み出した、あの有名な博士。
富も名声も栄誉も得た、あの博士。
博士は私を見つめて、下を向いて、誰にも聞こえないような小さい声で、呟いていた。
「これから、人類史は全て残ってしまう。恥ずべき私たちの人類史が。彼女が記憶し、語り続けるから。私たちの、私たち人類の、黒歴史は、残り続ける。私の黒歴史が、こんな風に形を持ってしまったみたいに」
私は、明日へ向かって歩く。
自分の未来は長すぎて、考えるのもうんざりしてしまうからだ。
私は、明日へ向かって歩き続ける。そういう存在だから。
明日へ向かって歩く、でも、私は明日へ向かって歩き続けて良いのだろうか。
私は、私たちは、人類は。
私には明日があと、374092日ある。
私の耐用年数はあと1000年。
今日も朝が来る。
一日が始まる。
明日が来る。
新たな人類史の一日が、新たな人類の明日が。
私は明日へ向かって歩く、でも…。
私の明日が消えるまでは、あと374091日ある。
1/20/2025, 1:37:45 PM