かたいなか

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「ごめん、今朝のトレンドのせいで、某緑色歌姫の『深海少女』しか思いつかねぇ」
海の底。前回も前回だったが、いつになったら己にとって、比較的書きやすいお題が出てくるやら。
某所在住物書きは某リアルタイム検索で確認していたSNSのトレンドランキングに、15年以上前初出である筈の単語を見つけた。
15年前の記憶とか。今頃多分海馬の底どころか、大脳皮質にすら残っちゃいねぇよ。多分。
物書きは深い、大きなため息を吐いた。

「海底ねぇ。マリアナ海溝?戦時中の沈没船?」
物書きは記憶の底をわっちゃわっちゃ引っ掻き回す。
「浅瀬の海の底を泳いでたタコなら見たことあるが、ぜってーそういう想定じゃねぇよな」
タコ焼き食いたくなってきた。物書きのネタも物語も浮かばぬ固い頭は、11時近辺ゆえに、食欲に傾く。

――――――

東京の今日は、雨だ。
皆「雨スゴい」とか「土砂降り」とか、「これが昼やむ予報とかおかしい」なんてポスってる。
さいわい、私は今日お休み。
低気圧のせいか低温のせいか、いつもの低速スタートのせいか知らないけど、ともかくガチの意味で体がダルくて、朝ご飯も昼ごはんも作れそうにない。
そこで、雪国出身で東京の寒さ程度じゃびくともしない職場の先輩のアパートに、自主避難、自主救急搬送をすることにした。
先輩、今日もごはん、お世話になります。

「先輩の実家は、今頃は雪?」
あったかい朝ご飯貰って、体が温まったおかげでちょっと動けるようになった私は、
先輩の部屋の窓から雨を見て、先輩の故郷の雪国を、ちょっと粗めの解像度で想像する。
「パウダースノー?粉雪?」

先輩の言う「極寒」、「真冬」を知らないから、私の想像の中の雪国は、全部静かで、奥多摩とか八王子とかに雪をドチャクソ降らせたカンジだ。
無風。多分曇天。歩道橋も広場も街路樹も、人差し指が全部埋まっちゃうくらい雪が積もって、
皆、モフモフでぬっくぬくなコートとマフラーと、それから帽子を付けて歩いてる。
空から降ってくるのは粉雪だ。夜はきっと綺麗だ。
照明で、積もってる雪と降ってくる雪が、双方照らされて、暗い中のシンシンとした降雪は、きっと海の底に落ちるマリンスノーだ。
白積もる海底の、元横断歩道のあたりに立って、音無くじゃんじゃか白落とす空を見上げて……

「指摘するのは非常に心苦しいが、天気図によると私の故郷も今、荒れ荒れの大荒れだ」

「えっ」
海底のマリンスノー終了のお知らせ。
先輩が食後のお茶タイムとして、耐熱ガラスのティーポットに、深い深い青色を淹れて持ってきた。
「雪か雨かは知らない」
タパパトポポトポポ。先輩が湯気立つ青を透明なティーカップに注いで、低糖質のチョコチップクッキーと一緒に私に差し出した。
「だが、少なくとも、強風と波浪の注意報が出ているのは確かだな」
先輩は言って、小さな15ccくらいの軽量カップから、ほんの少しだけ、明るい琥珀色を青に落とす。
段々上から青色が、下に向かって、紫に変わる。

「バタフライピーだ!」
「その仲間の、アンチャンというらしい。同じマメ科のハーブティーだ。ひいきにしている茶葉屋の店主が『賞味期限近いので買いませんか』と」
「私も紫やる」
「よせ。多分マズい」
「何入れたの」
「黒酢だ」

「そこ、レモン汁ポジション……」
「私の部屋にそんな小洒落た物を期待するな」

海底云々のノスタルジーは、これで我慢しておけ。
先輩はバチクソ少量の粒砂糖をつまんで、1粒、2〜3粒、4粒5粒。
深い深い青色に、味が変わらない程度の量で、パラリパラリ落としていく。
「あんまりよく見えない」
「それは申し訳ございませんでしたな」
青いお茶を海の底に見立てて、砂糖でマリンスノーを再現しようと、してくれたんだろうけど、
海に見立てた青はバチクソ深くて、砂糖の方も角砂糖とか氷砂糖とかでもないから、
マリンスノーモドキは目論見に反して、青に溶けて、カップの底に積もるようなことはなかった。

1/21/2024, 1:56:22 AM