ほろ

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こんにちは、と声がして、顔を上げる。17時03分。今日は少し遅い来店だ。
「こんにちは」
ほぼ毎日やってくる、常連の学生。どうやら当店のパティシエールが好きらしく(もしかしたらただ単にケーキが好きなだけなのかもしれないが)、毎回顔を赤くしながら不安そうにパティシエールの居場所を聞いてくる。
「えっと、店長さんは……」
「試作中。新作はコレとコレ。食べていくなら、その席で」
もはや恒例となったやり取りに、少年は「じゃあ」と新作2つを選ぶ。お金を出そうとしたので、わたしはお金を置くトレーを引っ込めた。
「毎回言うけど、店長が後で払うって言ってるんだからいらない」
「で、でも、あの、毎回はちょっと……せめて1個分だけでも……」
「……そんなに払いたいなら、自分で店長に言って」
そこで彼は黙ってしまう。店長の厚意を受け取らないのも悪いと思っているのだろう。
しばらく2人で黙っていると、わたしの後ろから店長が顔を出した。
「お、少年。また食べていくのか! ありがとな!」
ふわり、甘い匂いが鼻をくすぐる。くしゃみが出そうになって唇を噛む。
一方彼は、店長を見るなりさらに顔を赤くして、はひ、と呟いた。先程までの意気込みは霧散したらしい。
「それ、絶対美味しいから! あ、あとで試作も食べてって! 時間ある?」
「あ、ある、あります」
「んじゃ、なるべくすぐ作る!」
慌ただしく戻っていく店長と、いつもの席に座った彼をそれぞれ確認し、わたしは店の入口に向き直った。
今日も甘ったるくて、いつも通りだ。

3/11/2024, 3:06:20 PM