会社のエレベーターに、薮さんとふたりきり閉じ込められ、すでに25分経過している。
「花畑、お前が変なボタン押したからじゃないのか?停止なんて」
うんざりした様子で薮さんが言う。圧迫感があるのか、ネクタイを緩めながら。
「ただフロアのボタンしか押してませんよー。言いがかりです」
「じゃあ力入れ過ぎだ。お前けっこう馬鹿力だからなあ」
「ひっど」
……と言いつつ、あたしは結構いまのシチュエーションをラッキーと思っている。
薮さんと密室に閉じ込められるなんて、なんだか出来過ぎじゃないか? 上司で、派遣の身に余るほどの質の仕事を与えてくれ、うちに招いて手料理まで振舞ってくれる、この人と、いま、ふたりきりーー
自分の気持ちを見極めるチャンスかもしれない。
あたしは薮さんのことが好きなのかな。面倒見が良くて、ルックスもいい。もちろん仕事ができる、しかも料理までなんて、まるでマンガだ。
薮さんはどうなんだろう。あたしのこと、好きなのかな。他の人に比べて、目をかけてもらっているのは明らかだけれど、それは男女のそういう好意ではない気がする。どっちかっていうと、ペットを可愛がるような、そっちに近いのかも。
「……何考えてる? 黙るなよ」
薮さんが外部とやりとりしたインターフォンを見ながら言った。
「別に何もーーこの高さから落ちたら即死かな、とか」
「止めろよそーゆーこと冗談でも言うのは」
心底嫌そうに彼は顔を顰めた。
「あはは」
ねえ薮さん、あたしのこと好き?
さっきみたいに、警備会社を呼び出して助けてって言って、わかった、あと30分で着きますっていう返事をもらえる、そんな分かりやすいボタンがあればいいのにね。薮さんにも。
それがあったらあたしは押すかな、それとも押さないかな。どっちだろう。
そんなことをつらつら思っていたら、「……おい、なんの真似だ?」と聞かれた。
あ、と思わず手元を見る。あたしはいつのまにか、緊急呼び出しボタンを人差し指で押していた。ギュッギュッとわりと力を込めて。
ーーお し え て ほ し い。あ な た のき も ちーー
#力を込めて
「やぶと花畑4」
10/7/2024, 10:59:05 AM