今日のデート先は彼女の希望した水族館に来た。開館時間から居てもうすぐ昼時になる。なのに彼女はあるブースからいっこうに動こうとしない。もうそろそろ行こうよ、と言った僕に彼女は「もう少しだけ」とだけ答えた。それからもうすぐ1時間が経とうとしてる。いったい彼女のもう少しはどれくらいなんだろうか。
ちっとも動きそうにないので彼女をその場に残し、僕は自販機でコーヒーとココアを買いに行った。今日は休日だから結構お客さんがいる。カップルから家族連れまで様々だ。みんな楽しそうに水槽の中の生物たちを眺めている。水の中で悠々と泳ぐ姿とか、沈んでじっとしている様子を観察しては盛り上がっていた。
けれど僕の彼女の見ているものは。水の中ではなく、陸の上でさっきからずっとたそがれている。時折手をバタバタしたり首を傾げたりもしているけど、あまり目立った動きを見せない。それなのに数時間も見て何がそんなに楽しいんだろうか。
「はい」
「あ、ありがとう」
買ってきたココアを渡すと彼女は僕の方を見た。でも再び柵の向こうに目を向ける。彼女の横顔は笑っていた。本当に好きなんだな。
「私、水族館にいる動物の中で1番好き」
「……ペンギンが?」
「うん」
まぁ別に珍しいことじゃないけど。わりと人気者だしグッズもたくさんある。けど2時間以上も居座るほど好きなのにはちょっと驚く。
「どうゆうところが好きなの?」
「だってさ。可愛いじゃん、一生懸命なんだもん」
ほら、と彼女が指差した1羽が両手をバタバタさせていた。
「ああやってるとこ。可愛くない?飛べないのに飛ぼうとしてるように見えるの」
だから可愛いの。満足気に彼女が笑いながら言った。言われてみれば、そんなふうにも見えてきた。本当は空を飛びたいのに、できなくて必死に手をバタつかせている。そう思うとなかなか愛嬌のあるやつだなと思えてくる。
「でもさ、もしペンギンが飛べたら、こんなに人気出てないよね」
「まぁ、それも一理あるな」
「だからこのままでいいの。飛べないおかげでこんなに人気者なんだよ、きっと」
飛べない代わりに皆の人気を獲得している。なんだか面白い話だな。出来ない事があるおかげでこんなにも人に愛されるって、人間同士じゃなかなか無い状況じゃないか。それってすごいことだぞ、おい。心のなかで呟きながら僕はすぐ手前に居たケープペンギンを見た。
「ふふふ」
「なんだよ?」
「ううん。ペンギン、好きになった?」
「まぁね。ちょっとどんくさそうなとこが親近感湧くかな」
まぁ僕は何時間も見てられないけど。でも、なんだか不思議とただ見てるだけで癒やされるんだよな。イルカもアシカも可愛いけど、ペンギンのほうが好きになったかも。
じゃあ、彼女が飽きるまでもう少し眺めていようかな。たまには時間に縛られず、のんびりするのも大切なことだから。今日のデートはすごく充実している。こういう日を大切にしたい。
11/12/2023, 9:41:35 AM