「恋愛って何をどうやったらハッピーエンドになるのか分からない」
「はあ」
為末未散はまるで高校生らしからぬ虚ろな目でかなり拗らせたことを言いながら、校舎裏の花壇へ勝手に何かの種を植えつけていた。いや、そこは園芸部が管理しているものじゃなかっただろうか。
何を植えたのか知らないが、恋愛フラグが立ったら最後、バッドエンドにしかならない女と言われている為末が植えたものだ。恐らくろくなものが生えてこないだろうと僕は直感した。いや、そんなものは風晴学園の男子なら、僕じゃなくても直感するだろう。
「ちなみに為末、マンドラゴラとマンイーターどっちが好み?」
「どうしてその二択しかないのよ」
これだから小田くんは、とでも言いたげな呆れ気味のトーンだったが、気に入られてしまったら困るのだ。こんな対応以外何をしろっていうんだろうか。
花壇のそばにしゃがみこんだ為末は、盛り上がった土を園芸用のスコップでぽんぽんと慣らしながら、じっとりと僕を見上げた。
「見なさい、ここに愛を埋めたわ」
「誰のだよ。どこで買ってきたんだ」
「知らない。ただ、愛を育んだらハッピーエンドが見られるかと思って」
語感に頼っている。
愛を埋葬している時点でもうアウトなんじゃないかと僕は思ったけれど、ここで掘り返すという選択肢を選んだら、余計とんでもない事が起こってしまいそうな気がする。
僕は黙って経過を観察することにした。
巨大なマンイーターが校舎を破壊するのはいつになるだろう。そういう災害に対しては、どういう備えをしておけばいいんだろうか。
僕は時折そんなことを考えながら校舎裏の花壇を眺めていたけれど、意外にもちゃんと生えてきた。愛が。
愛の芽はわかりやすくピンク色のハートの形をした可愛らしいもので、園芸部員たちにも可愛がられていた。
為末は美術部の活動の傍ら(ちなみに彼女の描く絵は何かしら呪われているという噂で有名だ)、毎日愛に水をやりに来ていたが、それは汚れた絵筆をバケツで洗う作業となにも変わりないように映った。
園芸部でない彼女は加減など知らないらしく、地面がびちゃびちゃになるまで水を注いだ。
何色もの絵の具が混ざって、何色でもなくなった大量の感情を注がれている。
愛とはそういうものなのかもしれない、と思った。
それでも愛はすくすくと育っていった。
彼女の心の内などまるで知らないように。
「愛、育ちすぎたわね。ここからどうすれば幸せに着地できるのかしら」
「もう引き返せない所に来てるだろこれは」
そして今や校舎の3階にめり込むほどの大きさに育った、巨大な風船のような愛を見上げながら、僕は途方に暮れている。
為末もどう始末をつけようか迷っているようだったが、彼女はうっすらと笑いながらシャーペンを取り出した。
「まあいい。大きすぎる愛は破裂すると多大な代償を支払うことになる、きっとそういう話だったのよ」
「別にそれでもいいけど、僕を巻き込むのはやめてくれないか?」
「小田くんは平気よ。私貴方の事はちっとも好きじゃないから」
そうして為末は愛にシャーペンを突き刺した。
愛の爆風が校舎に吹き荒れて、至る所でカップルがいちゃつき始める。為末は幸せになれなかったものの、思ったよりハッピーエンドだったな。雑だけど。
筆洗いの水より凪いだ心で、僕はそう思った。
(big love!)
4/23/2025, 9:55:00 AM