『透明』
街路樹の葉が光に燦めく。
重なりあう葉と葉、風がとおるたび陽射しはペリドットのように透けてざわめいた。
並ぶ樹々はプラタナス。
緑の海の底。そんな幻影か錯覚か。
街の底に彼女はいた。プラタナスの精霊かと、思った。
麦藁帽子を左手で押さえて。なびく髪。
街に落ちる陽光が緑の海で、葉々が緑の波だというなら、彼女の髪は暗い海流だ。
「………、………」
彼女の唇が何かを綴った。
聞き覚えのあるようで、ない響き。
いや、その音は声としては耳に届かない。水のなかで耳鳴りを聴くような……。
「きみはだれ」
ほくの囁きに彼女は笑った。
弾けるような、そう、泡のような。
――わたしは、まだ、あなたと……
そう綴ったのか。それはまがいものなのか、予知なのか。
ぼくは、まだ、きみと……?
そのとき、一瞬陽が翳った。
魔法は解けた。
道なりに並ぶプラタナス。
何処にも誰も。
そう、何処にも彼女は。
まがいものの呪詛か。天啓の如き予知か。
まだわからない。いつわかるのかも知らない。
ただ刻み込まれた緑の海、透ける翠の精霊。
白日夢かもしれないのに、彼女を見なかったときに戻れない。
これから、彼女を求めながら自分は生きるのだと、それだけをわかっていた。
3/13/2025, 11:09:16 AM