#冬支度
白い息の向こうに
十一月の終わり、北風が町の角を鋭く曲がる頃、佐和子は古びた実家の縁側に座っていた。
庭の柿の木はすっかり葉を落とし、枝先に残った実が、まるで名残惜しそうに空を見上げている。
「今年も、冬が来るね」
独り言のように呟いた声が、白い息となって空に溶けた。
佐和子は三年ぶりにこの家へ戻ってきた。東京での生活に疲れ、母の遺した家を片付ける名目で、少しだけ現実から逃げたかったのだ。
押し入れの奥から出てきたのは、母が毎年使っていた炬燵布団。
干して、叩いて、陽の匂いを吸わせて――冬支度の一つひとつが、記憶を呼び起こす。
「佐和子、炬燵の電源はまだ入れちゃだめよ。寒さに慣れないと、冬を越せないから」
そう言って笑った母の顔が、ふと浮かぶ。
その夜、炬燵に足を入れ、みかんを剥きながら、佐和子は静かに涙をこぼした。
都会の喧騒では聞こえなかった風の音、薪のはぜる音、そして心の奥に残っていた母の声。
冬支度とは、ただ寒さに備えることではない。
心の隙間を、少しずつ埋めていく儀式なのかもしれない。
翌朝、佐和子は庭に出て、柿の実を一つ摘んだ。
甘さと渋さが混じるその味に、母のぬくもりを感じた。
そして、決めた。
この家で、もう一度、春を迎えてみようと。
11/6/2025, 1:52:41 PM