暗い部屋の中、窓から漏れる月明かりに手をかざして考える。
片手をそろえて、小指を離す。
「ワンワン、犬」
親指と中指、薬指で摘まんで。人差し指と小指で耳を作る。
「狐、コーン」
両手を重ねて指を動かす。
「チョキチョキ、蟹」
片手で狐を作って甲を重ね、指を引っかけ手首をそらせば、
「う、うさぎ」
やべえ。ちょっと手が攣りそうだ。
影絵なんて久しぶりにやったけど、案外覚えているものだな。
自分の記憶力にちょっと感動した。
けれども、駄目だ。肝心なところが思い出せない。
じいちゃんの膝に乗って教わって。その時に一緒に聞いた、俺の家にまつわる大事な秘密。
「何だったっけ~!」
あの時のことを再現すれば、釣られて思い出すと思ったのに。
そうすれば、今この実家を取り囲んでいる化け物を退治出来るかもしれないのに。
逃げる間に偶然見付けたこの隠し部屋も、ガタガタと揺さぶられる力強い揺れに負けてもう保ちそうにない。
あとちょっとで思い出せそうなのに。
「くそ~! じいちゃん――!」
家宝の首飾りを握り込み、思わず頭を垂れた。
雲の切れ間から月が顔を出し、暗い部屋を照らし出す。
暗がりでは見えなかった、床一面に描かれた我が家の家紋。
組んだ両手が床に触れ、奇しくも首飾りが部屋の中央に配置される。
その手の中に、差し込んだ月の光が降り注いだ。
――それが、鍵だった。
月明かりに負けない、七色の光が溢れ出す。
「へ?」
眩い光に驚いて、零れかけた涙も引っ込んだ。
腰を抜かしている間にも、光はどんどん勢いを増していく。
そうして。
あれだけ頑張っても思い出せなかったのに。
光に見取れている内に、漸くじいちゃんの言葉が蘇った。
ああ、そうだ。そうだよ。
じいちゃん言ってた。
「困ったときはこの首飾りと、月に祈れ」
「きっと、この家の守り神様が助けてくれるぞ」
あの時は半信半疑だったから忘れていた。
けれども、じいちゃんの言葉通り。
光の中から現れた神々しい獣が俺を見下ろしている。
その鋭い眼光に見詰められ、ごくりと生唾を飲み込み背筋が伸びた。
ああ、じいちゃん。不出来な孫でごめんよ。
破れかぶれ。いつも行き当たりばったりの俺だけど。
こうして結果オーライってことで許して欲しい。
さあ、ここから起死回生の正念場だ。
覚悟を決めて立ち上がり、獣に向かって手を差し出した。
「頼む。力を、貸してくれ」
俺の言葉を理解したのか、獣が大人しく頷いた。
俺を守るようにすり寄られ、不思議な安堵と共に力が湧いて来る。
正直どうすれば良いかなんてまだ分からない。
でももう迷っている暇などない。やるしかないのだ。
「 ――よし! 」
あとは野となれ山となれ。
俺だって、やってみせるさ!
(2025/04/19 title:074 影絵)
4/20/2025, 9:59:26 AM