お題:スマイル
夏の海。
水着の群集を背に、僕たちは岩場の上にいた。
「笑ってー。」
パシャリ。
シャッターが切られる。
彼女は撮った写真を確認してしかめっ面をした。
きっと仏頂面の僕を見たことによってだろう。
彼女の誕生日プレゼントにデジカメを買ったのが1週間ほど前。
そのカメラを本人はいたく気に入っており、買ってから初めての土曜日ということで海に写真を撮りにきたのだった。
「うーん、笑顔が足りない。」
「そんなこと言われてもなぁ。」
写真は正直苦手だった。
あまり好きじゃない顔が、写真になると更に嫌いになる。
見返したくもなかった。
「スマイルー。」
気の抜けた声と共にまたシャッターが切られる。
「うーん……角度の問題かな。」
角度の問題というよりは僕の問題な気がする。
気恥ずかしさ、とは違うと思うが僕は笑いたくなった。
一種の当てつけかもしれない。
彼女が角度を変えるため移動した時だった。
「痛っ。」
彼女が体勢を崩した。
カメラを落とさないように片手をついて体を支える。
「大丈夫!?」
駆け寄ろうとする僕を彼女が手で制する。
「大丈夫。ほら、続き!笑顔ー。」
その顔は歪んで見えた。
カメラを構える彼女を無視して彼女に近寄る。
「そんなに近いと撮れないよ。」
少し困った声を出す彼女。
ビーチサンダルから見える5本の指。
その親指からは血が出ていた。
「大丈夫?痛む?」
彼女を見上げると、顔を歪ませたまま笑顔を浮かべた。
「へへ。ごめん。ちょっと痛い。」
でも、撮らせて。
と言って、彼女はカメラを構えようとする。
手当てしてから、と説得したがダメだった。
どうして?と問う。
すると彼女は
「祐介の笑顔の写真、まだ一回も撮れてないから撮りたいの。」
と、痛みに耐えながら言うのだった。
2/8/2023, 1:07:48 PM