しぎい

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彼女が淡い声色で尋ねてきた。

「せっけん、買っておいてくれた?」

俺は彼女の舌足らずの問いに対して、否定もしなかったが頷きもしなかった。他のことに夢中だったからだ。
だが吐息が「うん」に聞こえたらしい。彼女は俺の反応を見届けると、満たされた表情を浮かべて目を閉じた。

後日、自分の早とちりだと判明すると、彼女はせっけんの買い置きをしなかった俺を責めた。

「せっけんなんてどうでもいいだろうが。普通のでいいだろ、普通ので」

洗面台の前に立ち歯を磨きながら、適当にあしらう。すると彼女はしばらく口を閉ざし、「だってあのとき、うん、って言った」と渋い顔で言い募った。

まだ不機嫌そうに仕事に出かけた彼女を見届けたあと、ノートパソコンでほぼ常連の通販サイトを開いた。

(ああ、ああ。心ここにあらずだった俺も確かに悪いよ。でもベッドの中の会話をいちいち気に留めてるやつがどこにいるよ。本当は洗顔用だったのなんて、俺が知るかよ)

頭の中に不満をまき散らしながら、ネットの海を彷徨う。
一気に目に流れ込んでくる化粧品の情報。スクロールしてもスクロールしても、商品一覧はえんえんと続いて終わる気配がない。

(……クレンジング? 敏感肌用? よく分からんが、まあ高けりゃいいだろう)

いいかげん辟易して、手早く片を付けようとした。適当に目をつけた、高級保湿洗顔クレンジングオイルをワンクリックで購入する。

ご機嫌取りの意味もあった。だがこれがよくなかった。

――やはり後日、届いた商品を見て「これじゃない!」とヒステリックに喚く彼女と、壁に穴が開くほどの本気の喧嘩になった。



(not) heart to heart

2/5/2025, 2:31:11 PM