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寂寥感に、泣きそうになるのである。
全身を駆け巡った刹那の甘き渦潮。その幸福の残渣は美しく、儚い。
離別に耐えられず、その残渣にしがみつく中。
気遣うように身体を抱き締められ、その煤竹色の瞳に囚えられた時、俺はいつもこの男の眼の深い底に渦巻く僅かな闇を視る。
そうして、嗚呼、俺は未だこの男の完全な救いにはなり得ていないのだという事実を叩きつけられ、絶望にも似たその激情の波を再び瞼の奥に押さえ込まねばならなくなるのだ。
そのような事を考えている己の顔はとても醜い気がして、俺は男から顔を背け、そのまま深く俯いた。
俺にとってこの男は太陽のような存在である。
明るく、暖かく、そして眩しい。
道を見失いそうになる時には、その光を目印に進んでいける。
けれど、光というのは必ず影を生み出す。
その光が強ければ強いほど、その影は尚一層濃く、深くなるのだ。
特に、この男の抱え込む闇は途轍もなく強大で、深い。
普段はこの男の全てに喜びを感じ、笑い、幸福でいられる。
けれど時として、陽が翳るその一瞬、俺はどうしようもなく不安に駆られてしまうのだ。
己でも不思議に思う。
かつてはどのような事にも動じず、問題が生じても理論的な思考で解決出来た。
けれどこの男の事となるとそうもいかなくなってしまう。
―――けれど、それでいい。
俺はこの男と共にあると決意したあの瞬間からずっと覚悟している。
この男が生み出すどのような日陰をも、全てを受け入れ、共に背負っていくのだと。
それがたとえ、己を滅ぼす闇だったとしても。
俺は男の顔を再び覗き込んだ。
男はそっと微笑み、その手で優しく俺の頬に触れる。
大きく確りとしたその手はとても温かい。
俺はその手を両手で包み込み、その温もりを閉じ込めると、薄暗い闇の中、そっと瞼を閉じた。
1/29/2025, 3:39:00 PM