「こっちに恋」「愛にきて」
ㅤ見れば見るほどクソダサなキャッチコピーだった。
ㅤ短いフレーズがいくつも並んだプリントを机上に戻し、俺は眉間を指先で揉んだ。
ㅤ初夏のキャンペーンのキャッチフレーズを社内公募してみたのだ。いわゆるブレストという手法だった。
ㅤ募集時点では良い悪いはジャッジしない。とにかくできるだけ数を出すこと。誰とも被らない案を多く提出した上位5名にギフトカードを与える、と。そしたら、予想を軽く超えたえげつない数が集まった。
「まだ見てらしたんですか?」
ㅤ春から経理部に異動になった小柳君が半笑いで話しかけてきた。受け取った決済依頼の書類を手に、俺も半笑いを返す。社内便で送付も出来るのだが、彼女はこうして直接書類を持ってくることが多かった。元部署の様子が気になるのだろう。
「いや、よくもここまでと思ってさ。見てよ最後のやつ、オヤジギャグかよ」
ㅤ昭和の終わり生まれの俺でも使わない。
「ふーん。私はこれ、嫌いじゃないですけどね」
ㅤ大きな瞳がキョロリと動く。
「愛に雪、恋を白。なんてスキーのコピーもありましたしね。古すぎて新しいというか。恋と愛の境目ってなんだろうなあとか、ちょっと考えちゃいました」
「へえ……」
ㅤその発想はなかったな。
「まあ、このまま使うのは無理がありそうですけど。もしかしたら著作権的にも——」
「小柳君、ありがとう。他の人にも意見聞いてこの方向考えてみる」
ㅤ俺のなかに、とあるイメージが浮かんできた。うまくハマれば面白いことになりそうだ。
「部長のその顔、あたし結構好きですよ」
「……へ?」
ㅤ小柳君が、うふふと笑う。
「遠く経理から応援してますね~」
ㅤびっくりする台詞を残して小柳君が去っていくのを、しばし呆然と俺は見送った。
『「こっちに恋」「愛にきて」』
4/26/2025, 9:51:18 AM