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 嘘。嘘。嘘。
 この日は、世界が嘘に溢れている。

 嘘をついても良い、いたずらめいた日であったはずのエイプリルフールは、インターネットの隆盛の歴史とともにその様相を変えて、いつのまにか企業や個人が予算をかけて偽の企画を発表したり、嘘のような本当のプロダクトを作る日になっていた。

 恋人たちが愛を確かめ合う日であったはずのバレンタインデーが、職場で義務的にチョコレートを配る日になったのと似たようなものだ。
 ほかの国のことは知らないけれど、日本というのはそうして遊びに本気になっている人々に前ならえして、いつの間にか楽しくない仕事にしてしまうのが得意なのだろう。

「主語巨大罪。居住国憂慮罪」
「うわっ、何だよ。横から見るなよ」

 スマートフォンを同居人から隠して身をくねらせる。
 片手に野菜ジュースのパックを持った同居人は、肩を揺すって笑った。不正アクセス禁止法だ、なんて言って。……それはほんとにある罪だ。

「エイプリルプールで許されるのは、嘘をつくことだけだったな」
「まさか、楽しんだもん勝ちなんだから寒いこと言うな、なんて常套句言わないよな」
「それは真実の一端ではある。だが、俺ならもっと賢く歴史から言葉を引ける」

 同居人は胸を張り、芝居がかって腕を広げた。

「つまり──『書を捨てよ、街へ出よう』だ」
「『顔真っ赤にしてないで、回線切ってクソして寝ろ』だろ」

 言い返し、けれど同居人の言うことは至極もっともである気がしたので、俺は書きかけだった記事を破棄すると、かれと一緒に散歩にでも出かけることにした。真の要求はそれだからだ。
 嘘つきよりももっと回りくどく、本音を伏せて俺を誘う同居人のことを、俺は今日の日よりもずっと気に入っている。

#エイプリルフール

4/2/2023, 12:42:53 AM