針間碧

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『夢と現実』

 胡蝶の夢。それは、夢か現かわからない状態のことをいう。今起きている私は、果たして現実にいるのか、それとも夢を見ているのか。それは自身ですらわからない。
 さて、私は今、実際にそういう状態になっている。変わらない家、変わらない家族、変わらない日常。もしそこに非現実的、あるいは朧気な部分でもあれば夢と断定できるのだが、そんなところは一つとして存在しない。どうしたものか。
「もう、また残業?」
 妻のその台詞も、耳にタコができるくらいには聞いている。
「仕方ないじゃん。お父さんは仕事一辺倒なんだから」
 娘の台詞も、いつもの日常の一コマ。
「すまないな、明日はできるだけ早めに帰れるようにするよ」
 私の謝罪の台詞ですら、いつものことであった。そう言いながら、近くの引き出しを開けてみる。昨日と同じまま。リモコンの位置はリビングの机の上。先日健康診断に行った際の書類は私と妻の部屋のデスクの上。全てがいつも通りであった。
「どうしたの、急に色々漁り始めて」
「あ、もしかしてへそくりでもあるんじゃない?ちょうだーい」
「あるわけないだろう。あったとしてもお前の前では探さないよ」
「ちぇー」
 二人にも特別な違和感はない…と思う。何も変わらない。
 それなら現実で問題ないではないか。そう言われたらそうなのだが、私は今を疑っている。
 なんせ、私は先程眠りについた記憶があるから。
 寝たと思ったらここにいた。だから今を疑っているのだ。
 とりあえずもう一度寝よう。寝直したらこれは普通に夢で、ベッドの上で目が覚めるかもしれない。妻と娘には悪いが、少し体調が悪いからと言ってすぐ寝室に向かった。

 目が覚めると、そこはベッドの上ではなかった。

12/5/2023, 8:19:46 AM