『静かな夜明け』
夜を徹して過去問を解く。
ペンがノートの紙を走る音。時々紙に引っかかる、摩擦が手に伝わる。
この試験に受かったら。
手をとめて傍らのホットコーヒーを一口飲む。それはいまや、ホットコーヒーだった飲み物となっていたが。
この試験に受かったら……。
何か死亡フラグ的なものを云ってみたかったのだが、あいにくと気の利いた科白は浮かばなかった。
試験に受かったところで、プロポーズする相手はいない。告白しようとて片想いの相手すらいない。
(参考書と過去問題集が恋人みたいなものだったからな……)
苦笑いすら浮かばない。
ただ、無事に第一志望に受かれば新年度から憧れのひとり暮らしだ。
家族が嫌いなわけではない。それでもひとり暮らしという言葉の解放感に期待ばかり募る。
さて、続きに戻るか。
伸びをしてまたペンを手に取る。
カーテンの向こう側が白みかけている。もうそろそろ、夜明けだ。
徹夜で勉強なんて、効率はよくないと散々云われている。体力も気力もありあまる若い時期だけの戦法ではある。
それでも、無音のなかで迎えるこの夜明けは特別感に満ちている。
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この冬を走り抜ける。
この夜を走り抜ける。
春を、夜明けを、迎えにゆく。
2/6/2025, 10:36:44 AM