『当選おめでとうございます。厳しい審査を乗り越えた貴方。これからあなたには、我が社が開発した《タイムマシーン》によって、過去へ飛んでもらいます。そして、出来るだけ且つ単純に、彼らを誘えば良いのです。』
---たった、それだけなのですよ。
初心者でもできる簡単なお仕事です。
と、言って男は笑顔を作った。
男の鞄から取り出されたそれは、
1つだけ赤い大きなボタンが埋め込まれた、
銀色の箱。
どうぞ、こちらへ…。
そうして男によって誘われたわたしは、
まだ進化していない猿も同然の我ら祖先の元へと飛び、彼らが道具を使うよりも以前に、
この赤いボタンを前にして、いかに恐怖や危険を感じ悟る潜在能力を持たせないようにさせるか。
そして、いかにこのボタンの扱いを容易くさせることが出来るかの任務を与えられた。
このボタン一つで、何かが変わるかもしれないし、何も変わらないかもしれない。もしこの計画がうまくいっても行かなくとも未来が作られることは造作もないはずだ。
だが、もしかしたら、
赤いボタンを押す権利のある国が出てきた時に、迷わずボタンを押すことがあるかもしれない。
それはこの計画が成功したと言う証でもある。
だが、わたしはこの計画がうまくいくことを期待してはいない。中には反乱を起こして戦いを真っ当から否定する国も出てくるだろう。進化とは、遺伝子とは何処から枝分かれしていくかわからない。
記憶の刷り込みにわたしがもし成功したとしても、所詮は異論を唱える者も少なかれ出てくるだろう。
そして、わたしは所詮、莫大な金で雇われた身だ。
解ったフリをして適当な相槌だけをし、金だけ受け取ってあとはおさらばすれば良い。
当初はそんなことを考えていたわたしは、甘かった。
男は作った笑顔のまま銀のスーツケースの中を開け、
前金としてあなたに渡す、という。
これからこの男の会社が考案したというカリキュラムをみっちり密着学習させられた後、《タイムマシーン》と名付けられたシステムに乗り、過去へと飛ばされる。
ーー逃げられない。と気づいた時は既に遅かった。
前金を受け取るよりも前に、自分の命はもう決まっていたのだ。
もしかしたらもう、帰ってはこれないかもしれない。
金欲しさで釣られた過去の自分。もしもこのタイムマシーンに乗って戻ることができるのなら…
わたしは、覚悟を決めた。
未来は、私の手にかかっているーーー。
7/23/2022, 4:31:51 AM