『楽園』
いつの間にか、私は死んだみたいだった。ここは霊界らしい。私によく似た案内人が来て、小さな船に乗って、小さな島に連れられていく。
「霊界では、似た人同士で暮らす村や町がそこここにあり、その島もその一つで、私もそこの住人。同じ考え方するから意見の対立も起きず、平和に暮らせる、地味な楽園さ」と、言われた。
それは良かった。私はすっかり対人恐怖症になってるし。それでもたまには虚しくなったり不安になることもある。それが寂しいという感情なのかな。
「そんなときは、間接的に他の者と通信出来る装置があるよ」案内人は服のポケットからスマホみたいな物を取り出した。
「これは“スマホみたいなやつ”。よその村とも、前に生きてた世界とも通信出来ちゃう」
へえ、凄いね。生前の世界にまで。
「そうなの。だから、君がまだ生きてた2023年にも通信出来る、生前の君にも」と、案内人はスマホみたいなやつを弄りながら、
「一人で生きるのも死ぬのも不安で寂しいだろうし。だからって、直接的に話しかけるわけにはいかないんだよなあ」
じゃ、なんとなく示唆するのは?
「いいね、なんとなく示唆しよう。でもあの人鈍いから気が付かないかもね」
てことは、案内人も私も鈍いということである。死んでも治らないのかそこは。でも、自分と違う他者と比較することによって、初めて私は“鈍い”という事実が浮かび上がるのであり、比べる対象がなければ、そんなこと無いので、私が鈍いという事実は無くなるから、私はもう鈍くないのかもしれない。
「そんなことより、この件について文章書かせよう。言葉にして書き出せば、少しは頭の整理もつくだろ」
そうだね!そういえば生前、スマホでネットになんか駄文書き込んでたよ。匿名だからってよくやるよねえ。でも、お陰さまであの世は地味な楽園って知ってたみたい。少しは安心出来るじゃん。地味なところがいいと思う。私には相応ですよ。
4/30/2023, 1:15:38 PM