妄想の吐き捨て場所

Open App

その夜はいつもより空気が澄んでいる気がした。

スーと息を吸ってフーと吐く。息を吸う度にキリッとした冷たい空気が喉を通り熱を持った肺を冷やしてくれる、月の明かりに透けた紅葉がさらに色づいて見える。
夜の散歩は好きだ、特に秋の夜は心地がいい。心の中に溜まっていたわだかまりがサラサラと溶けてなくなっていくような感じがする。
月明かりと街頭以外に自分を照らすものがないからだろうか。
家にいる時より余程安心感がある。

-このまま月明かりに溶けてなくなりたい-

そんなポエミーなことを考えながらぼーっと歩いているといつの間にか知らない道に出ていた。
少し驚きながら周りを見回すが振り返ってみても全く帰り方が分からなくなっている、完全に迷子だ。
思い耽っているうちに歩きすぎてしまったかな、と考えながらとりあえず来た道を戻ってみることにした。
曲がったりはしていないから真っ直ぐ戻れば帰る方向が分かって来るだろうと歩みを進める、がその考えは直ぐに崩された。
真っ直ぐ行った先には舗装されていない山道ともけもの道ともとれる道に繋がっていたからだ。
道を間違えたかと引き返したが他に真っ直ぐ行けそうな道は無い。最初は曲がり角を覗いては通った記憶が無いか探っていたが一向に手掛かりが掴めず強硬手段に出ることにした。手当り次第に曲がり角を曲がって見ることにした。
のに、どう歩いても最終的に山道の方へと戻ってきてしまう。右に曲がっても左に曲がっても、山道に背を向けて走っても目の前に現れるのだ。
そんなことを繰り返しているうちに段々と気味が悪くなってきた。考えてみれば最初からおかしかった。元々道を覚えるのが得意な自分がいくら考え事をしながら歩いていたとしても来た道を見失うなんてことは普通ないし、家を出てから徒歩で全く知らない土地に着くには全然時間が足りない。そもそもこんなよくある住宅街に山道があるのもおかしい、公園のちょっとしたハイキングコースなんかじゃない正真正銘の山道だ。それが道に迷って引き返したら目の前に現れた、絶対におかしい。
しかしこのまま見覚えのない住宅街を彷徨いていても埒が明かない気がした。気がしたというだけで本当は何とかなったのかもしれない。しかし、動揺していた自分の脳は山道に入ってみるべきだと告げ心はそれに従った。

石がゴロゴロとして不安定な地面となれない少し急な登り坂というダブルコンボに山に入って少ししか経っていないのに息が上がってきた。
軽率に踏み入れたことを後悔してきたが、引き返す気はなかった。戻ってもまた迷路のような住宅街に阻まれるか最悪今度は山から出ることが出来ないような気さえしていたからである。幸い月明かりのおかげで周りが良く見え道は見失わずにすんでいるし、今は前に進むことだけにしようとひたすら足を動かす。道はどんどん狭くなり本当にけもの道のようになってきたが気にしている場合では無い。
どれくらい登ったか、額には汗が滲み息も絶え絶えになってきた時ふと先の方に明かりを見つけた。
自分住んでいる住宅街の明かりかもと嬉しくなり駆け寄るが、期待したものはそこには無かった。
走り着いた先には灯篭が両脇に真っ直ぐ並んだ道があった。今度は舗装された道だったがコンクリートではなく石畳だ。
見るからに異様な光景に進むことを躊躇ったがけもの道は石畳のところに出てからふっと切れてしまっていてそれ以外に進みようがない。山道に入ることを決めた時よりも熟考したが結局石畳の道に進むしかないと思い至った。

スーと息を吸ってフーと吐く、落ち着くためのおまじないだ。緊張と不安でドクドクいう胸を抑えながら不気味としか言いようのない道に一歩踏み入れた。
灯篭の明かりはずっと向こうの方まで続いていた。

11/9/2023, 5:30:49 PM