nano

Open App

「始まりはいつも」

始まりは、いつも君。

僕はその日も、殴られ蹴られ、家から閉め出された。
3月の寒い夜だった。家の前で体操座りをして、開けてもられるのを待つ。寒くて震えてきた。僕は目を瞑って、必死に寒さに耐えていた。
どれくらい経っただろうか。肩をトントンと叩かれた。顔を上げると、知らない少年が僕を見つめていた。僕は驚いて勢いよく身を引く。その行動に相手もビクリとする。
「何してんの?」
少年が怪訝な顔で聞いてから、僕の身体を見た。痣だらけの腕。少年は何かを察したようで、眉根を寄せた。
「ねぇ今暇?」
「え?」
「ちょっと来て!」
「わっ」
少年は僕の手を引いて、どこかに向かって走って行く。ひとつの家の前で90度に曲がったと思ったら、減速せずに玄関へと飛び込んだ。
「母さーん!」
少年が呼ぶ。少年の母親らしき人が現れた。おばさんは、どうしたのと言いかけて僕に視線を止めた。血相を変えて、「とりあえず中に入りなさい」と言って、家にあげてくれた。
おばさんに根掘り葉掘り聞かれて、全てをうちあけた。僕にとってはあったことを話しているだけで、特別なことなんて何も無かった。だけどおばさんは、それは虐待というのだと教えてくれた。僕は、
「でも、お母さんは悪くない、全部僕が悪いんだ。」
そう言ったけど、おばさんは悲しそうな顔をするだけだった。
警察が来て、あっという間に僕の家は崩壊した。それが、僕にとっては嫌だった。
どうして。助けなんて求めていなかったのに。
そう思った。でも僕が本気でおばさんを止めなかったのは、どこかおかしいことに気づいている自分が居たからなのかもしれない。
僕はその少年の家に引き取られることになった。彼は最近越してきた、転校生だそうだ。もっとも、僕は学校に行っていないので、関係の無い話だが。

「なー、今度の始業式から学校行くんだけど、一緒に行かね?」
彼は自然に振ってきた。
僕は学校に行くことを親に止められていた。お前は体が弱いから。学校なんて行かなくてもいい所だから。色々な理由をつけて休まされた。今考えてみれば、痣を見られたらまずいからだったんだろう。
僕は悩んだ。何分か経った頃、やっと口を開いた。
「行ってみようかな。」
「おー、じゃあ決まりな〜」
案外軽い返事をされた。これも彼の優しさなのだろうか。

登校日。彼について行った。学校に着くなり保健室に通されて、よく来たねとか、えらいねとか、よく分からないけどたくさん褒められた。きっと警察沙汰になったことで、僕の素性を知っているのだろう。学校なのだから、報告でもされているのかもしれない。保健室の先生は教室に案内してくれた。ドアの前に着くと、ちょうど転校生の挨拶をしているところだった。教室自体久しぶりに見たし、この学校の教室は初めて見た。注目を集めたくなくて後ろのドアから入ったのに、物音でみんなに気づかれてしまった。入学してから一度も来ていなかったせいで転校生よりも注目を集める。嫌な顔をすると思って少年を見たが、少年は面白そうにこちらを見てニヤニヤしていた。

外の世界と断絶された小さな世界で生きていた僕は、少年にたくさんのことを教えてもらった。人との関わり方、話し方、友達の作り方、本当に色んなことを教えてもらった。だんだんと人と話すことの楽しさを覚えた。始めは細すぎた腕も、おばさんの料理を食べていたら健康的な肉付きのある腕に変わった。痣も時間経過とともに確実に薄くなっている。
ある日、体育の授業で体力測定があった。50メートル走7.3秒、持久走1500メートル5分37秒。彼は僕の結果を見て驚いていた。
「お前足早くね!?一緒に陸上入ろうぜ!」と誘ってくれた。僕は部活が決まっていなかったし、彼が喜んでいたから入ろうと思った。
彼とは毎日ランニングや走り込みなどをしてトレーニングした。彼が「俺らで優勝目指そう」と笑うから、僕は彼のために頑張れた。
僕らは初めての大会で県大会出場。結果は10位と11位。悔しかった。
僕らの記録はぐんぐん伸びた。2回目の大会も県大会出場。結果は8位と7位。僕は嬉しさと悔しさが混在した、複雑な気持ちを味わった。

「なぁ、お前、陸上すき?」
ある時、彼に言われた。僕は長考した。彼に言われて入ったことで、いつも彼のためという気持ちがどこかにあったのだ。しかし、今振り返ってみると、純粋に陸上に打ち込む自分がいた。
「好きだよ。」
それは初めて僕が表現した自分の気持ち。
彼はすごく嬉しそうな表情を浮かべて、そっか。とだけ言った。

僕の人生を変えたのは君だ。
君に出会えて、心の底から良かったと思う。
ありがとう、僕の人生に価値をくれて。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
毎日毎日、今日こそは短いものを書こうと思うのですが、いつもこんなに長くなってしまいます。小説執筆楽しすぎます。
恋愛ものばかり書いていたので、たまには友情を書こうと思いました。あと珍しくハッピーエンドです。

10/20/2024, 10:41:18 PM