美夜

Open App

 『Kiss』


 初めて彼が声を掛けてくれた夜、浮かれてちょっと飲み過ぎて、酔ってしまった。こんな失態をするつもりじゃなかったのに、フラフラになってしまって、
 「送っていこうか?」
 と言われて、いいです、大丈夫です!と拒否したものの、
 「そんな状態じゃ心配だよ。飲ませ過ぎてごめん。」
 と、家まで送ってもらうことになった。
 方向も違うのに、電車を乗り継いで家の前まで送ってくれて、
 「すみません、遠いのにありがとうございました。」
 とお辞儀をしてお礼を言うと、
 「無事に送り届けられて良かった。心配してる方が気が気じゃないからね。」
 と優しい笑顔で言ってくれる。
 「あの……」
 「ん?」
 「本当はお茶でも出した方がいいのかもしれませんが……」
 「何を言ってるの。いいんだよ、そんな気遣いしなくても。」
 「すみません。」
 「今日はゆっくり休んで。また今度会いましょう。」
 「……」
 「?」
 「家に送られて、襲われちゃうかと思いました。」
 「え?」
 「すみません、変なこと言って。」
 「俺が送り狼になると思った?」
 「……」
 「そんな、勢いで済ますようなことはしないよ。大事にしたいから。」
 「え?大事……」
 「……」
 「……」
 沈黙して、見つめられて。
 「大事にしたいです、君の事。」
 「……先輩。」
 「また二人で会ってくれますか?」
 まっすぐ見つめられて、私は見つめ返せなくなって俯いて、
 「……はい。」
 とだけ答えた。
 ふいに彼の手が、私の顎に添えられて。
 「え……」
 口唇が触れた。私は慌てて目を閉じた。
 彼が、キスしてくれた。
 その事実に時が止まったように感じて。
 (想いが、通じた……!)
 口唇が離れて、ぎゅっと目を閉じたままの私に、
 「嫌、だったかな。」
 と、彼の躊躇う声。
 私は慌てて目を開けて、
 「い、いいえ!」
 と言うのが精一杯だった。私は口唇を閉じて俯いてしまって。
 (口唇が触れた感触が……)
 そんな私を優しく見つめて、
 「……ありがとう。」
 と言ってくれた。
 私は目を上げて、
 「こちらこそ!」
 と、彼を見つめた。優しい微笑みが、嬉しかった。私も思わず笑ってしまって。にやけた顔が抑えられなかった。恥ずかしくて、顔を両手で覆った。
 「また、会おうね。」
 彼が私の顔を覗き込んで、笑顔でそう告げた。
 「はい!」
 酔ってるせいで熱いのか、わからなかったけど、火照ってる顔をペチペチと叩いて、はっきりと返事した。
 手を上げて帰ってゆく彼の後ろ姿を、私はいつまでも見送っていた。


 今日は最っ高の一日だった。
 これからどんな日々が待っているのだろう。
 彼のキスが嬉しくて、嬉しすぎて、その日は目を閉じても思い出して眠れなかった。

2/4/2023, 2:13:31 PM