雨が降ります。雨が降る。
外は土砂降り。傘はなし。
玄関の片隅には、汚れた靴が一足。
靴紐は切れて、これでは外へ行けません。
「千代紙で遊ぼうよ」
わたしによく似た君は、雨でもにこにこ笑っています。
外ばかり見るわたしの手を引いて、今日もきらきら煌めく魔法を見せてくれるのです。
小さな手が、青い千代紙を折ります。
ぱたん、ぱたんとたたんで、それは可愛らしい鳥になりました。
赤い千代紙を折ります。
ぱたん、ころん、とたたんで転がして、それは小さなお船になりました。
花を、星を、そしてやっこさんを折りました。
花を敷き、星を撒きます。やっこさんをお船に乗せて、星の川を渡っていきます。
「楽しいね」
君は笑います。
わたしは小さく頷いて、けれどもやはり、外が気になりました。
ざあざあ、ざあざあ。
外では雨が降っています。
硝子を叩き、大地を煙らせ、激しい雨が降り続いています。
時折稲光が空を走り、遅れてどぉん、と低い雷の音が響きます。
「次はお手玉をしようか」
お船から降ろしたやっこさんを寝かせながら、君はお手玉を取り出しました。
「ひとりでさびし。ふたりでまいりましょう」
ひとつ、ふたつ、みっつ。
桃色、黄色、水色。
口遊む歌と共に、お手玉が宙を舞います。
綺麗な放物線を描き、吸い込まれるようにして手に収まるお手玉。
真似してお手玉を投げてみますが、すぐに落ちて続けられません。
「――ここのつこめや。とおまでまねく」
君の放るお手玉は、最後まで手から落ちず。
歌の終わりと共に、思わず手を叩いていました。
「ふたつなら簡単だよ。もう一度一緒にやってみよう」
誘われて、落ちたお手玉をふたつ、手に取りました。
「ひとりでさびし。ふたりでまいりましょう」
君の歌に合わせて、お手玉を放ります。
お手玉を追って、体があちらこちらに動きます。
しかし、今度は落とさず続いていきます。
「いもとのすきな。むらさきすみれ」
あ、と思った時にはすでに遅く。
お手玉はわたしの手から溢れ落ち、ぽとりと畳に落ちました。
「惜しかったね」
未練がましく落ちたお手玉を見ていれば、君は優しく背を撫でてくれました。
「今度は何をして遊ぼうか?」
小首を傾げる君は、柔らかな笑顔を浮かべていました。
おはじき、けん玉、お絵かき。
いろいろな遊びをしました。たくさんたくさん君と遊びました。
それでも雨は止みません。
ざあざあ、ざあざあ。
屋根を打つ雨の音が聞こえます。閉じた障子の向こうが暗がりに沈んでいます。
ちらりと障子を一瞥して、白い千代紙を一枚取りました。
ぱたん、四角が三角になりました。
ぱたん、ぱたん。
三角が四角に、四角が菱形に、次々と形を変えていきます。
そして出来上がったのは白い鶴。
不格好で草臥れたわたしの鶴を、君の折った黒い鶴の隣に並べます。
こてり。
白い鶴は黒い鶴に凭れ寄りかかりますが、黒い鶴はびくともしません。
それを見て、ふと悪戯心が込み上げました。
「――わっ!?」
こてり。
鶴を真似して、君の肩に凭れます。
小さく驚きの声を上げた君は、それでも倒れる様子はありません。
「驚いたなぁ。もう」
そう言いながら、君は頭を撫でてくれます。
優しく、いい子と言いながら。
ふふ、と小さく笑みが溢れました。
「眠くなっちゃったの?」
君に問われ、首を傾げます。
眠いような、まだ起きていたいような。
目の前には、ふたりで折ったいくつもの千代紙。鮮やかに畳を覆い尽くしています。
それでもまだ足りない。そんな気がして、首を振って体を起こしました。
外はまだ、雨が降っています。
しとしと、しとしと。
絹糸の如く細かな雨が、静かに降り続いています。
傘はなく、靴紐は切れたまま。
外に出ることはできません。
「楽しいね」
それでも君が笑うので。
魔法のように、たくさんの遊びを教えてくれるので。
「うん。とっても楽しい」
わたしは笑顔で君に答えました。
優しい君。わたしの影。
ふたりきり。寂しくはない。
しとしと、さらさら。
外では雨が降っている。
重ね続けた消えない悲しみが、今日も明日も降り続く。
雨が降ります。雨が降る。
20250907 『雨と君』
9/9/2025, 6:08:46 AM