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「1件のLINE」

LINEの通知には気付いたがあいにく運転中ですぐに確認できなかった。取引先に到着し所用を済ませた後、はじめて画面を開いた。

「お父さまが危篤です。至急ご連絡ください」

見覚えのない連絡先だった。父とは絶縁状態だった。妻と別れる原因となった父だ。絶縁したなら何故離婚したのかって?聞かないでくれ。父のことはきっかけに過ぎない。私のいろいろな至らなさが一気に露呈し、妻に愛想をつかされたというだけのことだ。

すぐに電話をかけた。相手は父が入院している病院の看護師だった。今日の午前中に救急車で運ばれ、最早手の施しようがなかったそうだ。

すぐに会社に連絡を入れた。社用車のまま病院へ向かう。父の住む町までは2時間ほど。3年前に母が亡くなってからは一人暮らしだ。週末ごとに訪ねてサポートをしているつもりだった。すべてを母に任せきりだった父を放ってはおけなかったからだ。とはいえ、ほとんど妻が一人でやっていた。

父は今の言葉でいえばモラハラ気質な男だった。母はよく耐えたと思う。何もできない不甲斐ない息子だった。母が亡くなると父の矛先は妻に向かった。料理がまずい、洗濯物のたたみ方がなっとらん、など父の暴言はますます激しくなり妻は精神的に参ってしまった。

その妻が出ていったのは私のせいだ。今思えば妻の話を聞いて自分も積極的に関わるべきだった。後悔だけがつのる。

病院に着くとすぐに病室に通された。なんとそこには妻がいるではないか。

「えっ、どうして?」
「どうしたも何も、何であなたはお父さんを放っておいたの!」

言葉を失っていると妻はもう帰るという。

「私にはもう縁のない人だけど、あなたのお父さんなんだからこれから先はよろしく」

廊下まで追いかけたが妻は振り向きもしなかった。

「先ほどご連絡差し上げた者です」

そう言って看護師が入ってきた。妻と電話で話しているときに具合が悪くなって、妻が救急車を呼び、今まで付き添ってくれていたそうだ。妻から私のLINEを聞いて連絡をくれたと。

「妻は直接連絡してくれてもよさそうですが、どうしてしなかったんでしょう」
「こんなこと申し上げるべきかどうか迷いますが、新しい番号を知られたくないと」

そうか、もう私とは金輪際関わりたくないという強い意志だったのか。体中から力が抜ける。ふと、父の携帯が目に入った。二つ折りのガラケーだ。履歴には妻と定期的に通話していた記録が残っていた。

ほどなくして父は息を引き取った。父の携帯から妻の新しい番号に電話しようと思ったが辞めた。妻はもう去ったのだ。

7/12/2024, 1:03:27 AM