「もう一歩、もう一歩だけ、さあ前に」
腕をからめて
横顔に口を近づけて囁くの。
目も唇もうるませて。
断崖絶壁、崖の端。
靴の爪先をちょっとずらせば、
ぱらぱらと崖の石片が転がり落ちていく。
私はそれを尻目に、
あの人のこわばり固まった顔に
できるだけ、甘く、優しく囁くの。
「もう一歩、あともう一歩だけ、勇気を出して」
もしも神話や民話に出てくる、悪魔が本当にこの世界に実在するというのなら、
きっと、今の私のような顔をしている。
「もう一歩、もう一歩だけ、前へ出て」
いかにも親しそうに腕を絡ませ、近づいて、
甘美な悪夢のように、囁くの。
8/25/2025, 3:15:52 PM