シシー

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 冬の雨のような人だった。
冬なのだから次第に雨は雪に変わって屋根や道路脇を白く染めて雪化粧を楽しめると期待したのに、雨粒は雨粒のまま地面を黒く濡らすだけだった。あのがっかりした気持ちをまさか人にまで感じるとは思わなかった。
 にこにこと機嫌よく帰ってきたと思ったら、誕生日おめでとうとケーキの箱を差し出してきたあの日。確かに私の誕生日ではあったけど渡された箱はとても軽くて、開けてみたら中は空っぽ。ひどく酔った彼はそれに気づかず褒めてほしいとすり寄ってくるだけで話にならない。
腹立たしいとすら思えないほど呆れて、すうっと気持ちが冷めていった。彼の手を振りほどいて自宅に帰り、別れのメッセージを送ってブロックした。

 彼とはそのまま会っていない、もう会えない。

 次の日からの記憶は朧げで、あまり覚えていないのだ。警察とか彼の両親や友人、会社の人がきて私を責めたり殴ったり散々だった。気づいたら病院のベッドで寝ていて、謝罪やら賠償やら喧しい。退院しても煩わしいそれらを弁護士さんが静かにしてくれた。
ぼんやりしたままの私を弁護士さんは励まし叱咤してくれた。彼とは違う、春の嵐のような人だと思った。突然現れて季節を塗り替えてしまうような圧倒的な力をもってすくい上げてくれる。季節は巡る、時は止まらない。今も次の瞬間には過去になっていくのだと教えてくれた。
 いつか、私のような薄情者が許される日がくるのだろうか。今はまだ分からないけれど、私は私の背を押す風を信じたい。


                【題:追い風】

1/7/2025, 6:33:36 PM