思牢(しろう)
「思考の枷は日に日に重く、魂は次第に沈みゆく。ワタクシは囚われ肉体にあらず。思考の牢獄、自身の思に囚われ幾度も巡る問いの数々。……先生、ワタクシ、不安ですの。」
以前、そんなことを言ってきた患者がいた。彼女は、自身の思考に囚われていると言うのだ。彼女はそれをこう言っていた。思考の牢獄で、思牢。
彼女は、時々私に「ワタクシ、また囚われてますの。……今度は、“昨日”の思考に。」と言ってきていた。そういう日は、大抵紙とペンを持ってきて、日が暮れるまで紙に昨日の思考を__というより、昨日の記憶の中の思考を書いていた。字は小さく、細く、隙間なく詰められていて、ガタガタな字で、支離滅裂な内容を書き連ねていた。それは本当に奇妙な、不気味なもので、数字が羅列され、哲学的な言葉が一部引用され、唐突に花言葉が挿入されていた。決まって書き終わると彼女は、唐突に眉間に皺を寄せ、切羽詰まったような表情になる。そうなると、必ず「昨日のアタクシは嘘をついている。これは、ワタクシなんかじゃない。」という言葉を今まで書いた文字の上に、大きく太く書くのだ。
毎回、その後の彼女はとても穏やかな表情になる。それで、こう言うのだ。
「これでやっと、今日のワタクシを取り戻せましたの。昨日の嘘つきは、もういないのですからね」と。
その後は、ベッドに横になり、満足気に深い眠りに入る。
私は、彼女が常に悩みの種だった。到底、私には理解できないことだと思っていたから。
けれど。違かったのかもしれないと、真っ白で気がおかしくなりそうな天井を見つめながらそう思った
4/18/2025, 2:56:04 PM