夜兎

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夜の砂浜を歩く。
周囲は夜闇に包まれ、人の気配はない。
打ち寄せる波の音が耳に届く。生温い潮風を浴びながら
ふっと息を吐いた。

この場所は学生時代よく来た場所だった。
勉強も友人たちとの語らいも全部投げ出したい時の
逃げ場所の一つで、日頃の喧騒が遠退いていく感覚に救われていた。

「夜に女性一人で居るのは感心しないよ」

「……折崎くん」

「冬森さん。何か、嫌な事でもあった?」

緩く首を振った。
彼は幻影だ。折崎は数年前、この海で亡くなった。
不運な事故だった。

「それとも、僕に会いに来たの?」

鼓動が跳ね上がる。
目を細める仕草に在りし日の記憶が蘇った。
時の経過を肌で感じ口をつぐみ、ありもしない願望など口にはできなかった。

「会いに来た訳ではないけれど、折崎くんに伝えたいことならあったよ」

好きでしたの五文字が言えず曖昧に微笑った。
伝えられなかった後悔は、今でも胸を燻り続けている。


8/27/2025, 12:47:10 AM