日夜子

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「おーい、飲んでるかぁ?」
「まあ……」
 酒はそんなに好きじゃない。だけど酒でも飲まなきゃやってられない、というときは確かにあるのだ。そして今日は酒は飲んでも飲まれるな、というときでもある。
 だもんでチビっとずつ泡の消えたビールを飲んでいたところを、向かいに座っていたコイツが隣へ来て僕に絡み始めた。
 半年程かかりっきりだったプロジェクトが一段落し、部内全員での打ち上げが行われていた。大抵の飲み会はスルーする僕でも、さすがに出席しないわけにはいかなかった。

 高校時代から天敵のコイツ。まさか中途採用で同じ会社に入社してくるなんて、腐れ縁もいいところだ。
 このクソ野郎は昔から声がデカくて態度もデカい。僕と違って友達も多い、所謂陽キャ。それだけでも目障りなのに、コイツはことあるごとに僕にウザ絡みしてくるのだ。
 そして……僕の大切なものを踏みにじり、大切な彼女を馬鹿にした。
 会社で再会してからもそれは変わらなかった。もう限界だ。プロジェクトも一段落つき、僕の責任分は果たした。今ならコイツを殴って会社を辞めることになっても、取引先への迷惑もそんなにかからないだろう。だから僕は密かに決意していた。今日の飲み会でコイツが彼女を馬鹿にしたら、そのときはコイツを思いっきりぶん殴ってやる。

 脳裏に彼女の心配そうな顔がよぎる。
 決意が鈍らないよう、僕は頭を振った。

「……よぉ、お前さ、まだあの子のこと好きなの?」
 きたっ! ……彼女の話題だ。大抵このあとは、正気かよ? どこがいいんだよ? 気持ちわり〜などと続く。僕は拳を握りしめて続きを待った。
「ゆったん、だっけ?」
 こんな奴にあだ名で呼ばれたくない。
「ユリウスだ」
「俺、お前に謝んねーとな……」
「は……?」
 握られた拳は行き場をなくし、膝の上にぽとんと落ちた。
「ずっと言えなかったんだけど、お前が羨ましかったんだ。……お前の好きな人は生きてるから」
「え……」
 鞄をゴソゴソ探ると、クソ野郎は僕に取り出したものを見せた。
「……! ら、ライナさんのアクスタ!!」
「俺が昔からずっと好きな人」
 そう言って寂しそうに笑った。

 僕が子供のころに流行った美少女たちが変身して戦うアニメ。その主人公のユリウス、僕はずっと彼女一筋だ。そのユリウスたちの敵役のボスであるライナは、最終回でユリウスたちに殺されてしまったのだ。

「……ごめん、僕は君の気持も知らずに浮かれていて」
「いや、世間から見たらライナは悪さ、滅びるのも仕方ない。そうは思ってもやっぱりユリウスが憎いって気持ちも捨てきれなくて。お前に八つ当たりして悪かったよ」
「そうだったんだね」
「今度放送から十五年ってことで特別番組が放送されるそうじゃないか。もう十五年か、随分時が経ったんだな。俺も大人にならないとと思って」
「……今日はライナさんの命日だね」
「覚えていてくれたのか?」
「当たり前だよ。忘れるわけない」
「お前いいやつだな」
 クソ野郎はグズっと鼻を鳴らした。
 僕はビールジョッキを持つ。
「ライナさんに」
「……ライナに」
 ジョッキをチンと打ち合わせた。

「ねぇ、何かこの二人怖い」
「訳わかんないこと言って、泣きながらビール飲んでるんですけど……」

 同僚たちが遠巻きに自分たちを眺めるのも構わず、ずっと大嫌いだったコイツと肩を組んでビールを飲んだ。



 #8 2023/11/10 『脳裏』

11/10/2023, 1:30:50 AM