maturika

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1,「一件のLINE」


 ぴろん、と軽い音が響いた。スマホが少し震えて画面がつく。『いつ帰ってくるの?』とだけ書かれた文面は相変わらずそっけないのに、返信しなければしつこく送られてくることを知っていた。


 嫌だなぁ、と唇を噛む。別に帰りたく無いわけじゃない。家族にだって会いたいし、落ち着く家に帰って休みたい気持ちもある。でも、隣に住む幼馴染──コウに会うことだけが憂鬱だった。
 大学へ進学すると同時に家を出て一人暮らしを始めた。特に遠い大学でもないのに一人暮らしを選んだのは、コウと会いたくないからだ。悪い奴じゃないと分かっている。いじめだとか嫌がらせだとか、そういったことをされた訳でもない。

 ただ、どうしようもなく“合わない”のだ。

 言葉の一つ一つが癪に障る。
 行動の一つ一つに苛立ちが募る。
 幼馴染のくせに、と友人には笑われたけれども、それこそ幼稚園児の頃から何となくこいつとは合わないと感じ取っていた。運動神経の差、勉強の出来なんかは大して変わらない。違うとすれば交友関係の広さだろうか。コウは広く薄く、自分は狭く深く。そういった違いにここまで違和感を覚えるのだろうか。

「……わっかんねぇ」

 どうして自分はこんなにもコウが苦手なんだろう。こんな問いを小学生の頃から繰り返してきた。中学では仲良くなろうと努力もしたけれど、やっぱり合わなくて高校では疎遠になった。なろうとした。でも、コウ自身は幼馴染に対して苦手意識もないようで、ごく普通に関係は続いた。

 話しかけられると鳥肌が立つからなるべく近づかないようにしたし、コウが話題に出ると「あー……」と誤魔化す。そんな風に過ごしてきた。大学になってからはやっと離れて、学生生活をそこそこ謳歌していたというのに。幼馴染というやつはどうにも切れないらしい。

「返さなきゃ、なぁ……」

 LINEを開き、コウとの個チャに『今週末には帰る』と打ち込む。ついでにスタンプもつけてやった。ふざけて買った可愛らしい猫のスタンプ。LINEをしている分には大丈夫なんだけどなぁ、と少し笑う。

 ついた既読と秒で返ってくる返信は見ないまま、またスマホを閉じた。

7/11/2024, 1:47:14 PM