すゞめ

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 今日は彼女の家でデートを兼ねて、まったりとくつろいでいた。
 彼女はころりんとリビングのソファに寝っ転がり、スポーツ雑誌を読んでいる。
 俺はそんな彼女の真向かいに座り、彼女の携帯電話を触っていた。
 しかし、先ほどから何度もかかってくる着信のしつこさに我慢できず、声を荒げてしまう。

「大好きですっ!! 俺以上にあなたを愛しているヤツなんて絶対にいませんっ!」
「み゛ゃあっ!?」

 突然声をあげた俺に驚いて彼女は肩を揺らした。
 目を瞬かせ、寝ていた体を起こしてソファに座り直す。

「いきなり誰と比較し始めてんの?」

 そんなものは決まっている。
 さっきっから携帯電話の画面に表示されている着信相手と、だ。
 俺が止めても止めても、何度も連絡がかかってきて埒があかない。

 余程、彼女に思いの丈を伝えたいようだ。

 いまだにムームーと震える携帯電話の画面を彼女自身の目の前に突き出し、ジャッジを求める。

「この人ですがっ!!!!」
「ああっ!? ちょっと!? それ私のスマホっっっ!!」

 彼女が携帯電話を奪おうとしたが、俺は距離を取って阻止をした。
 キッと彼女の眼光が鋭く光る。

「なんでわが物顔で人のスマホ触ってるの!?」
「なんでって。ネットショップに登録されているあなたのクレジットカードを俺のカードにすり替えるためです」

 俺の言葉を聞いた途端、彼女の顔色が青ざめていった。

「ちょ、怖っ。え。なんてことしようとしてくれるんだ。絶対にやめろ」
「なにも怖くないです。あなたの生活記録のデータを取るためには必要不可欠なのでやめません」
「生活データそのものが不要だろうが」

 はあ、と彼女はため息をついて右手を差し出す。
 その手のひらを取ってチュッと口づけたら、顔をしかめた彼女から舌打ちで返された。
 彼女は不器用だから、きっとキスのジェスチャーに失敗したのだろう。
 そうに違いない。
 そうに決まっている。
 そうでなければ俺が泣いてしまうがっ!?

 俺の胸中など知ったことではない彼女が、ついには顎で携帯電話を指し示した。

「とりあえず電話に出たいから、早くスマホ返して」
「俺と結婚してくれるなら返してあげます」
「たかが電話ひとつで要求がデカいな……」

 彼女はあきれ顔でソファの背もたれに体を預けた。

「今からそんな調子で、結婚したあとはどうするつもりだよ?」
「今、俺と結婚するって言った!? ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「……言ってねえ…………」
「え? なんでですか? 結婚しましょうよ。結婚したあとなら頭なでなでで手を打ちますよ?」
「手軽さの高低差エグいな? あー、でもまぁ、うん。もう、それでいいよ」

 げんなりとした口調で吐き捨てたあと、彼女は首の後ろをぽりぽりと掻きむしる。

「はい?」
「あとでちゃんとかまってあげるから、今はいい子にしてて」

 眉を下げて照れくさそうに笑いながら、彼女は手を伸ばして俺の頭をポンポンと撫でる。

「ね?」

 あざとく小首を傾げた彼女にダメ押しまでされて、もうダメだった。
 見惚れていたせいで、あっさりと携帯電話を抜き取られる。

「ちょ、待っ!?」

 俺たちの結婚式はまだですよっ♡
 もうっ♡ せっかちさんなんだから……っ♡
 一足飛びに頭を撫でるなんて、反則です……♡
 まずは婚約して同棲を始めてからにしましょうっ♡

 俺は一瞬で絆されそうになった。

 浮かれる俺をよそに、彼女は間延びした声で通話に応じる。
 俺と一緒にいるときよりも楽しそうに弾んだ声がほわほわと部屋を満たしていき、一気に気持ちが沈んだ。

 ……面白くない。

 俺はソファまで移動して彼女の隣に座る。
 ででーんと彼女の太ももに寝そべって、腹に額をグリグリと押しつけた。
 このくらいしないと割に合わない。
 ビクッとかわいらしく反応するから、調子に乗って脇腹をくすぐってやった。

「ちょっ!?」

 部屋から出て話し込まないだけ、まだ情状酌量の余地はある。
 しかし、恋人であるはずの俺の前で友人と電話など重罪だ。

「んっふ。ねえ、くすぐったい。やめて……っ」

 ぽしょぽしょと声を潜める彼女がめちゃくちゃかわいかったから、くすぐりの刑は許した。

 彼女にしては珍しく、通話が長くなりそうだったから仰向けに体勢を変える。
 テーブルに置きっぱなしだった自分の携帯電話に手を伸ばした。
 ロック画面を解除しようとしたとき、彼女と目が合う。

 どうしました?

 なんて聞く間もなく、彼女の顔が近づく。
 柔らかな青銀の毛先が顔に触れたとき、ちゅ、と額に唇を落とされた。
 
「は? え……?」

 限界まで目を開いて彼女を凝視すれば、はにかんだ笑みで応えてくれた。


 恥ずかしがり屋の彼女がっ!!!!
 おでこにチュウだとっ!!!???

「〜〜〜〜〜〜っ!!!!????」

 ボンッと顔に熱が集まる。
 この瞬間、新たに彼女との記念日が認定された。

 ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
 ♡♡♡おでこにチュウ記念日♡♡♡
 ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡


『!マークじゃ足りない感情』

8/15/2025, 11:46:17 PM