まるこ

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彼女は案外普通の日常を生きている。

朝起きて、きちんと歯磨きを忘れずにする。
最近は自炊をサボっているので
たまごサンドか鮭おにぎりをコンビニで買う。
朝ごはんを作る分の時間早く起きてしまうのが
彼女にとってはまるでとても
勿体ないことのように感じるのだ。

勿体ない。
寝る時間を削ってまで、
食にこだわりとか、ないしな。

そう、彼女は結構な面倒くさがりで、
ズボラで、だけどそんな彼女にだって、
ひとつやふたつ、
大切なものはあったりする。

彼女は別にお金に困っている訳でもないのに
いつまでも同じ財布を持ち、
いつまでも同じハンカチを持ち、
そしていつまでも同じ髪型でいる。

忘れられないのだ。

否、忘れたくないのかもしれないな、と
彼女は思う。

私を幸せの頂点からどん底へと
引きずり下ろしてきたあんなやつの顔も
好きだと言ってくれた髪型も
いっそあいつの所にだけ、
衛星が墜落してくるとか、
あいつの家だけボロすぎて、あいつの部屋だけ
崩れ落ちるとか、してくれないかな。
とも思う。

でも別に恨んでいない。

それなりにいい別れだった。

あの別れのおかげで私は大人になれたし。
なんて考えながら
もう炭酸の効果なんて溶けてしまって
全く分からない
ただいい香りだけはするお湯に身を沈める。

明日はたまごサンドだな、
と決めると彼女は浸かりすぎて逆上せかけていた
浴槽から出る。

最後わざわざ肩まで浸かったのが余計に
効いたかもな、とふと思う。

明日は誕生日だったっけ、
壁面に貼られたカレンダーを見て彼女は思い出す。

私が私をはじめるために、
あいつを終わらせておかないとだな。

せっかく1つ歳をとるんだ。
新しい私でいたい。

彼女は無機質なゴミ箱の中に
ハンカチと、財布を投げ入れた。

8/17/2023, 10:24:11 AM