鏡の中の自分に尋ねる。
柴田さんは、どう思っているだろう。今夜このお店に連れてきたことを。
晴ちゃんと引き合わせたことを。
晴ちゃんの問いかけに、どう答えるだろう。
私は鏡に映る自分に言い聞かせる。
柴田さんがどんな答えをだしても、きっと私はーー
「率直にお聞きします。柴田さんは、どういう気持ちで雫と付き合ってるんですか」
大日向さんは、重めの前髪の向こうから俺を見つめた。じっと。
何も見逃さない、聞き逃さないという意志を持って。
「……どういう?とは、」
ストレートに訊かれて俺は逆に落ち着いてきた。腹の探り合いは苦手だ。飯の味も分からなくなるし。
親友に会ってほしいと水無月に言われ、この店まで出張った。引き合わされた大日向晴子さんは、およそ晴れ女とは似つかわしくない風貌をしていた。
じっとりと視線を据えて、大日向さんは言う。
「好きか、ただの遊びか、それともバツイチ男の気まぐれかってこと」
「選択肢、少なくないですか」
つい笑ってしまう。
「……っていうと?」
「【結婚を前提にしたお付き合い】って線は」
一番、今の気持ちに近いものを口にする。でも、反応は悪かった。
大日向さんは、グラスの水に口を付けた。
「あたし、何度も見てるんだ。あの子が男に振られるの。雫はあのとおり可愛いから結構もてるんだ。でも、いざ付き合うって段になると、雨女が祟る訳。デートの約束するたびに、天気、荒れるわけよ。一回ならまだいいよ。でも毎回、毎回そうだとさ、相手も嫌気差すんだろうね。結局やっぱり無理だわって話になって、おしまい。その繰り返し」
ごくッと一口呷る。
俺は黙った。
「そのうち雫も憶病になっちゃってさ。お付き合いからは遠ざかってて。ーーでも、しばらく会ってないうちに、なんだか柴田さんの話ばかりするの。上司の柴田さんがね、柴田さんとねって。こないだは娘さんとも出かけたっていうじゃない。大雨なのに。ーー柴田さん、あなたにとっては気軽に誘ったデートかもしんないけど、雫にとっては一大決心だったの。男の人と出かけては、雨で、振られてきたんだもの。怖かったはず。なのに、出かけていったって聞いて、あたし。雫がいま気持ちを寄せている人がどんななのか、ちゃんと見てやんなきゃって思ったの」
「……親友なんだね」
俺の口から出たのはそんな言葉だった。
あ?と大日向さんが目を上げる。
「水無月のこと、ホント心配してる。ともだち、なんだなあって」
「何、クサいこと」
「そうですよ」
お手洗いに立って中座していた水無月が、戻ってきていた。大日向さんの背後に。
それはそれは優しい顔をしてこう言った。
「私のたった一人の親友なんです。ハルちゃんは」
#鏡の中の自分
「通り雨7」
11/3/2024, 10:05:49 AM