大切なものなどなかった。
自分のものは全て管理され、テレビもゲームも読書も親の監視が酷く許されなかった。交友関係も制限された。クラスメイトと遊びに行くことすら親は「恥知らず」と罵り、私は家へ帰るとひたすら勉強し、ご飯を食べ、就寝するという生活を繰り返した。
親の理想通りの礼儀正しく、素直で、どこに出しても恥ずかしくない娘に育った私は、有名大学に合格し、「大人になったのだから」という理由で、思ったよりあっさりと一人暮らしを許された。自立するために、と、物件は一人で選んだ。
荷物の少ない引越しを済ませると、私はまず、親との繋がりを片っ端から消した。電話番号とメールアドレスを変更し、市役所に行って情報を開示出来ないようにした。親に連絡した住所は、こことは全く関係ない出鱈目な住所を知らせてある。
大学は三日で辞めた。すでに就職先は見つけてある。今はネットで面接も仕事も出来るので大変便利である。苦労してネットカフェを梯子した甲斐があった。
連絡用にと渡されたスマホで、少しずつ情報を調べ、私の親が普通でないのは知っていた。娘を監視し、服も食事も好きなのを選ばせない。娘の交友関係も監視し、成績が落ちると食事もさせない。時には暴力も振るう。そういう親は、普通ではないのだ。
力になってくれた中学の生活指導の先生には、感謝しても仕切れない。確実に親と縁が切れるようにアドバイスしてくれたのは生活指導の先生とその他の市の職員さんだった。私には、こちらの方々の方が大人に見えた。
親に知らせず逃げることにしたのは、母親も父親も自分が何をしているか自覚がなく、大ごとにすれば確実に暴れ、怒鳴り、また私を縛り付けるのがわかっているからだ。だから私は大学進学と同時に上京し、逃げることにした。そして私は逃げ切った。
小さな部屋。今は何も無い部屋。
ここが私の部屋。私だけしかいない。
もう怒られない。もう時間を気にしなくていい。もう好きな時にコンビニでスイーツを食べてもいい。もう夜中に酔った父に殴られない。もう朝早くに両親の朝食を作らなくていい。もう勉強を無理やりしなくていい。もう着たくもない服を着なくていい。もう似合わない髪型をしなくていい。もう好きにテレビを見ていい。もう、何をしてもいい。
私の大切な部屋。私の居場所。
ようやく私は大切なものを手に入れたのだ。
4/3/2024, 5:25:19 AM