【透明な水】
ちょろちょろと音を立てる水流へと、手を差し伸べた。冷ややかな温度が心地良い。水面の向こうに僕の手の肌色が透けていて、思わず感嘆の息が漏れた。
「すごい、本当に透明だ……」
「だから言っただろ、世界には未知のものが溢れてるって」
自慢げに笑った君が、僕の肩に腕を回す。夢想家の穀潰しなんて評される君の語る『未知の世界』。僕ですらずっと面白半分のおとぎ話だと思っていたのに、まさか本当に透明な水がこの世にあるなんて。
僕たちの村で手に入る水は、泥で濁ったものばかり。飲用水にするためには面倒な浄化作業を繰り返さなければならないし、それをしたところでこんなに純度の高い透き通るような水にはならない。目の前で流れていく水のあまりの清らかさに、言葉が上手く出てこなかった。
「村の近くでも知らないものがあったんだ。世界中を探せば、見たことがないものはもっともっとある!」
君の声が鼓膜を揺らした。晴れた日の空の色のような鳥、砂漠に咲く赤い花、人間の言葉を理解する動物……君が語ってくれた物語が僕の中でキラキラと色づいていく。
日の出と共に起きて、泥水を汲みに行って、浄化作業をして。それが終われば畑を耕して日が沈めば眠る。物心ついた頃から変わることのない僕たちのルーティン。だけどああ、本当はずっと僕は思ってたんだ。こんな毎日、退屈で仕方がないって!
「……良いよ、君の計画に乗るよ」
月明かりの薄く照らす夜、君がひそやかに教えてくれた計画。この村から逃げ出して、二人きりで世界中を旅して回る……そんな胸踊る夢物語。聞かされた計画はまだまだ粗があったけど、僕ならそれを埋められるはずだ。羅針盤は君で細かなルート決めは僕、その役割分担がきっと一番適している。
「一緒に行こう、知らない世界を知るために」
僕の誘いに、君の顔がパッと輝いた。君の笑顔はまるで空に浮かんだ太陽みたいだ。明るく、力強く、いつだって僕を導いてくれる。
これが僕たちの旅の始まり。荒廃した世界を巡る、二人ぼっちの冒険譚の幕開けだった。
5/22/2023, 12:54:45 AM