名無しの夜

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「……もう、最悪……」

 キッチンに入って、こぼれ落ちた呟きを。

「ん、どした?」
 冷凍庫から棒アイスを取り出した夫がのんきな態度で拾う。

「最悪——『最も』とつくからには、過去最高に悪いことだよな。何があったー? 最悪過ぎて、乗り越えられないような感じなら相談に乗るぞー?」

 言いながら、夫はポイッと棒アイスを覆っていた透明な袋をシンクの三角コーナーに放った。

「……相談するとか、そういうことじゃなくて」

 こめかみに指を当てた私に、夫はふーん? と疑問の声をもらしながらアイスを齧る。

「もういいから、あっちに行って」

 私の冷たい物言いに。

 何だよ、八つ当たりすんなよと文句を言いながらリビングを抜けて書斎へ入っていく。

 私は夫の書斎のドアを睨みつけ、盛大な溜息を投げる。


 子供じゃあるまいし、食べながら移動するなって何度言ってもわからない人だ。

 ……というか。

 三角コーナーのゴミ捨ては生ごみ、可燃ゴミを捨てる場所であって、ビニール袋を捨てる場所じゃないし。

 それに加えて。

 私が出掛ける前に綺麗にしたキッチンが汚れ放題、シンクに料理用具や使用済みのお皿で山盛りになっているのは、どういうことなのか。

 今日は帰りが遅くなるし、明日は仕事早出だから、キッチン使うなら片付けておいてねって言ったよね?

 アナタわかった、って答えたわよね!?


 ああああ、苛々する!


 ……なぜ言わないって?

 もはや一度や二度、三度、といったやり取りじゃないからよ。

 数十回以上、コンコンと訴えて、約束もしてくれたのに、このざま。

 今更言ってもどうにもならないのでしょうねぇ、の諦め心境。


 ……諦め、とは違うかもしれない。


 最悪、と思うたびに私の中で何かが壊れていくのを感じる。


 壊れきったら——

 多分、終わり。



 それはあなたにとって、『最悪』となりうるのか。


 その答えを知る時も、そう遠くない気がした。

6/7/2024, 9:36:02 AM