煌紅

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 「ふふ、君の髪は手櫛が通りやすいな」

 なんて言ってくれるのだろうか。今はなんと言ってもらえるかを夢見る余裕がある。だがなぁ、奴に斬られたこの髪をみて、微笑む姿が想像できない。
 
 自慢の長髪。彼にといてもらう朝の時間が好きだった。微睡の中、優しく頭を撫でる手。毎日、この時間を楽しみに眠りにつくのだ。
 それが、なんで、なんで…。一瞬の隙をつかれた。バッサリと一振りで斬られた。パラパラと荒地に落ちる髪の束。彼が宝物のように手入れしてくれたこの髪を、なんで…。視界が滲むなか、奥歯を噛み締め敵を討つ。幸い、自分の体に大きな傷はなかった。心の傷は深いが…はは。

 彼の元へ帰るか…。真っ青になるだろうな。肩を痛いほど掴まれてさ。今から始まる絶望に足が重くなる。申し訳ないし、己が不甲斐ない。ああ、門が見えてきたな。月明かりに照らされる髪が好きだと言ってくれたことを思い出す。こんな日にちょうど満月とは皮肉だな。扉に手をかけ、少し深呼吸をする。なんで言ってくれるだろうか。

「…ただいま」





                    2025/06/08
              「夢見る少女のように」

6/7/2025, 4:42:32 PM