犬派か猫派なら猫。星派か月派なら月。迷いなく答えられるくらい、月を見上げることは自分にとって当たり前の習慣で、朝のニュースで何気なく見る占いのようなものだった。明るさも形も日によって違うけれど、どんな月でもよかった。大きくて丸い日は胸が浮き立つし、細い三日月に癒される日もあった。満月のときには、いつもより数秒長く見つめてしまう。そして決まって、あの日々のことを思い出してふっと笑ってしまう。
「月を指差しちゃだめだ」
いつもは一人で静かに見るか、周りに人がいても不自然にならない程度でしか見ていなかった。ただ、その日はあまりに見事な満月だったから、隣を歩く君に思わず声をかけてしまった。
「え、どうして?」
素直に疑問を口にした僕に、君が教えてくれた。台湾では月を指差すと耳が切り取られるという迷信があるそうで、子供の頃から聞かされているらしい。雷におへそを取られるのと似たようなものか、とびっくりしつつも納得してしまった。
その頃僕は交換留学で台湾に半年ほどいたのだか、飛行機で三、四時間くらいの距離なのに、近いようで文化の違いに気付かされることが日々あった。大学が山の中にあり、講義を受ける学部棟がある麓からバスに乗って山の上の寮まで向かうことにも最初はびっくりしたが、だんだん慣れてきて、歩いて帰る日も多くなっていた。金曜日は同じ講義を受けていた学生と一緒だったが、一人、また一人と友人が寮へ消えていき、最後に残るのが君と僕だった。
五十メートルほどの坂道を、いつもゆっくり歩いた。授業のこと、食べたもの、観ているアニメ。取り止めのない会話は、疲れたときのチョコのように心地よかった。
体力には自信があったから、留学生活も呑気に考えていたが、最初はやはりきつかった。寮に入ってすぐはなかなか寝付けず、眠っても目覚めるとここがどこなのか一瞬わからなくなることもあった。
完璧な日本語なのに、おそらく少年漫画の主人公の影響を受けている君の話し方が、ちぐはぐな僕の世界とやけにマッチしていた。
9/14/2025, 2:32:06 PM