G14

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「ワンツーワンツー――キャッ」
 私はゴテンと音を立てて転ぶ。
 その様子を周囲の人間が見下すように笑う。
 馬鹿にしやがって。
 おまえたちだって、ヘタクソな時期があっただろうに。

 社交ダンス教室に通ってはや半年、私は未だに初心者マークを外せそうにない。
 テレビで見た光景に憧れて始めた社交ダンスだけど、上達する兆し無し。
 馬鹿にされた悔しさをバネに続けてきたけど、精神的につらい……
 もう辞めようかな。

 私が立ち上がろうとすると、目の前に手が差し伸べられる。
「村田さん、今日もよく転んでいるね」
 そう言ったのはこの教室では古株の小林さん。
 皆に一目置かれているけど、お世辞にもうまい方じゃない。
 レッスン中、何度も転ぶところを見たことがある。
 だからこうして手を差し出すのは、他人と思えないからなのだろう。
 けれど――

「ヘタクソなもんで」
 私は差し出された手を無視して、一人で立ち上がる。
 小林さんには悪いけど、私にも意地ってもんがある。
 情けなんていらない。

「そんなに無愛想だと、いつまでも経ってもうまくならないよ」
 小林さんのもの物言いにカチンと来てしまう。
 自分が悪くても、指摘されたら嫌な事はある。
 私は睨み返すが、小林さんは困ったように笑うだけだった。

「うーん、荒れてるねえ。
 行き詰まっているのかな?」
「悪いですか?」
 私が悪いに決まってる。
 小林さんは何一つ悪くないのに、一方的に敵視しているんだから。
 自分の器の小ささに、自己嫌悪で頭が痛くなりそうだ。

「ふむ、じゃあ僕と一緒に踊ってみようか?」
「はい?」
 小林さんの言葉に耳を疑う。
 『踊ってみようか?』
 今の流れでなんでそうなるの?
 私、聞き間違えた?

「えっと、今なんて?」
「一人で練習ばかりしてないで、たまにはペアで踊るべきだ――と言ったんだ」
 聞き間違いじゃなかった。
 でも私はその申し出を受けるわけにはいかない。

「私、一人でも転んでばかりなので、ペアはまだ早いですよ……」
「問題ないさ。
 半年やって来たんだろう」
 そう言うと、小林さんは私の手を強引に取り、リズムを取り始める。

「ほら動いて。
 ワン、ツー、ワン、ツー」
「わ、ワン、ツー、ワン、ツー」
 小林さんに促されるまま、私もリズムを取って踊り始める。

「ワン、ツー、ワン、ツー」
「ワン、ツー、ワン、ツー」
 小林さんはゆっくりとリズムを取る。
 だが私にとって、そのスピードすら速すぎる。
 私はついていくだけで精一杯だった。

「君は一人で踊りすぎだね。
 もっとパートナーのことを意識して」
「む無理。
 自分の事で精一杯。
 他人を気遣う余裕なんて――キャッ」
 私は自分の足に足を引っかけ、再びゴテンと音を立てて転ぶ――事はなかった。

 小林さんが、私が転ぶ方向に素早く移動して、うまくバランスを取ったのだ。
 結果、私は転ぶことなく、まだ小林さんと踊っている。

「大丈夫かい?」
「は、はい」
「じゃあ切り替えて、ワン、ツー、ワン、ツー」
「ワン、ツー、ワン、ツー」
 私はパニックになりそうな頭を落ち着かせ、小林さんとリズムを取る。
 この私が転ばなかったなんて……
 私は小林さんに感謝するとともに、一種の感激すら覚えていた。

 私はすぐ転ぶ。
 一人で練習した時も、こんなに長く立っていられたことはない。
 その後も何度も姿勢が崩れそうになったが、その度に小林さんがフォローしてくれた。
 これがペア……

 ああ、楽しい。
 社交ダンスってこんなに楽しいものだったんだ。

「これがペアだよ」
 小林さんは、私の心を見透かしたように話しかけてくる。
「君が転びそうになっても、僕がフォローする」
 先程とは違い、小林さんの言葉が心にスッと入ってくる。

「完璧な人間なんていない。
 だからこうして助け合うんだよ」
「でも私、ヘタクソだから、助けることなんて」
「大丈夫さ。
 そのうち助けてくれれば――
 おっと」
 小林さんがバランスを崩しそうになったのを見て、私は自然に重心を移動させていた。
 その甲斐あって、小林さんは転ぶことなく体勢を立て直す。

「早速助けてもらったね」
「ペアですので」
 
 そして私たちはしばらくの間、踊り続けた。
 その後も転びそうになったけど、その都度お互いが助け合う。
 私たちは完璧じゃない。
 だからお互いに手を取り合って、助け合う。

 私はまだ手を取ってもらえなければ踊れない未熟者だけど、いつか手を取り合って踊れる日が来るのだろうか?
 そんな日を夢見て、私はもう少しだけ社交ダンスを続けようと思ったのだった。

7/15/2024, 11:09:29 AM