たかくたかく
晴れた日の縁側。たまにはこう言うのもいいだろう。
水をいっぱい、食器用洗剤を水の半量、砂糖を少々。
よくかき混ぜればシャボン玉液の完成である。
「ほれ完成」
「おおお…うぇ、美味しくないです」
「吸うな。絶対やると思ってたけど」
吹くんだよ、と自分用に持ってきたストローで手本を見せる。
緩やかに送られた空気が洗剤液を纏って丸く膨らむ。
ぷぅ、とストロー先に出現した楕円形に目を輝かせるお嬢チャン。
「大きいのつくります、負けません」
「無理すんなよ」
「そう言って余裕なのも今のうちです、3分後には負けを認めさせてやります!」
「気合いがすごい」
「『ギエピ〜!負けを認めるでヤンス!』って言わせるんです!」
「それ本当に俺?どう言うキャラ?どこで覚えてきたの?」
「やると言ったらやります!」
「頑張って…」
これなら俺は縁側から庭を眺めていればいい。
目の届く範囲で好き勝手してくれ。
端から端までエンドレスファストランみたいなのは無理。
体力無尽蔵魔神とは違う。20代ならまだしも…いや10代かな。
だらりと縁側に寝転ぶ。日向ぼっこ最高。
一息ついたらお嬢はいそいそと俺を跨いで廊下の奥に消えた。
いやなんで?
「ドライヤー持ってきます!」
「やめろどこからコンセント引っ張ってくる気だ!!」
「…じゃ、じゃあ扇風機を!」
「一緒だバカタレ」
息でいいのよ息で。
少女はぷうっ!と勢いよく吹き込んで、液を弾けさせていた。
パワーオブ力だもんなお嬢チャン。知ってた。
「わたしに、力がないせいで…こんなっ…!」
「力みすぎ」
「大きいのを作りたいんです」
「とりあえず小さいのからやんのよ」
「大きいのがいいです」
「頑固〜」
夕暮れまでずっとかかって、彼女が綺麗な丸が作れたのは結局一つだけだった。他はすぐ破れた。なんであんなに吹くん?
繊細なんだぞ洗剤って。いやシャボン玉がか?知らんけど。
特別な配合とか人によって秘伝のレシピがあるとは聞くけど。
「難しいですね、シャボン玉」
「ははは」
「勝てるのはまだまだ先ですねぇ…」
「すぐだよ、すぐ」
「本当ですか?明日ですか?」
「明日ではない」
絶対に明日ではない。
知らなかったな。この子って割と馬鹿で不器用だったんだ。
たったひとつ、綺麗にできたシャボン玉を見上げる。
「がんばれ〜!とんでけ〜!です!」
どこまでもどこまでも、たかく、たかく、とおくとおく。
夕暮れにとけるシャボン玉を見送る。
「ご飯ですよ、おふたり。手を洗ってきてくださいな」
「はーい!」
「りょうかいす」
とたとたとお嬢チャンが洗面所に向かうのを確認した後で、もう一度シャボン玉を探す。まだわれていないのを見つけた瞬間、ぱちんとわれた。
10/14/2024, 1:28:32 PM