あやや

Open App

「私の当たり前はみんなにとっては異端なのかもしれないと、私は凡そ小学生の頃あたりに気づいたのだけれど、あなたはそんな経験はある?」
 部長はそう言いながら、取り組んでいる課題にカリカリとペン先を走らせた。僕はその音を聞き、彼女の言葉にどうにか答えようと思いを巡らせた。
「パッと思いつかないんなら、きっとないのよ。その気づきは人生を変えてしまうぐらい大きいのだから、忘れられない爪痕になるに違いないもの」
 巡らせた思考はその言葉で無為に還り、僕はそれを寂しく思いながら、半ば無意識にスマホでSNSを流し見する。
「あなたは普通よ」
「そうですか?」
「ええ、多分ね」
 普通。普通か。それはいい響きとは言えない、と僕は思う。普通はあまり好ましくない。それは凡庸と言われているようで、寧ろ不快ささえ心にもたらした。
「部長もあまり変わってるとは思いませんよ、僕は」
「そう見せているのよ」
「ふうん……」
 それが、普通から逸脱したい少女の強がりからくるセリフなのか、事実彼女はそういう過程を経て今ここにいるのか、正直僕には判断しかねる。彼女は僕の部長であったが、ただそれだけだ。仲がいいかと言われればそうでもなく、悪いわけでもない。
「部長、でもね、僕たちの関係はきっと普通の関係ですよ」
 そう、つまり普通の距離感。部長と部員が作る普通の距離感だ。
「それさえも私がそうしたいからそうしたのだと言えば?」
「そんなのどうしようもありません」
「でしょうね」
 沈黙が場に現れ、僕は数秒彼女の顔を見つめ、ふうと息を吐いてやはりスマホに目を落とした。彼女はやはりペンを走らせ、課題に追われているようだった。
「まあ」
「?」
 彼女は数分の沈黙の後に口を開いた。
「嘘よ。私は別に自分が普通に外れてるなんて思ったことはないしね」
「……そうですか」
 おかしげに笑った彼女の顔を見て、僕はまた息を吐き、スマホを見続けることにした。
 僕は、あなたがそういう嘘をついて、それをこともなげに暴露してしまうので、やはりあなたの当たり前は少し異端なのかもしれないと、考えてみたりするのだが。

“私の当たり前”

7/9/2023, 4:47:14 PM