ㅤ営業終了まで三十分を切った入口フロアには、私たちのほかに誰もいなかった。直通エレベーターに乗り込んでひとつしかない行先ボタンを押すと、二人並んで一番奥のガラス窓前を陣取る。
ㅤこの辺に住んでいればここは定番のお出かけスポットで、友だちや家族とも何度も乗っているエレベーターだ。なのに、ダウンライトに照らされた今夜は、なんだかやけによそよそしい。
ㅤエレベーターは野球のホームベースに似た形をしていて、目の前のガラス窓は真ん中に向かって外に尖っている。これから向かう展望室よりも、むしろ美しい景色だと言われていた。
ㅤ扉が閉まり、エレベーターが上昇し始める。彼女はまっすぐ外を見ていた。口許を結んで、透明な壁に手を添えて。
ㅤ街の明かりが煌めいて、星空との境目に溶ける。この箱に包まれて、透明なトンネルをどこまでも飛んでいる錯覚に陥る。私をチラリと見た彼女が「きれいだね」と呟いた。心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと心配になる。
ㅤ唾を一度飲み込んで、ガラスに同じように手を添えた。「ね。きれいだね」と返す言葉が笑いそうなほど震えてしまう。ドキドキがまたうるさくなる。
ㅤ透明な箱は、夜空のてっべんへと昇ってゆく。私の指があなたに触れる。
『透明』
3/13/2025, 4:02:48 PM