unknown

Open App

君の目を見つめると、どうも困ったことに、観測対象と観測者の区別がつかなくなるのだ。
いや、正確には最初からそんな区別など存在していなかったのかもしれない。
なぜなら私は今、君を見ているのではなく、
「君を見ている私」を見ているからであり、
さらに言えばその「見ている私」を観測している別の私が確実に存在しているという、この入れ子構造…
ああ、なんて美しい、なんて完全な閉鎖系だろう。

ねえ、君は気づいているかい。

君が瞬きを一つするたびに、私の内部で何人かの私が死んでいることを。

ああでも安心してほしい、死ぬと言っても実に形式的なものだ。
消滅ではない。置換だ。上書きだ。
古い私は剥がされて、まだ温かいうちに別の私が貼り付けられる。

その作業が、どうやら君の瞳の奥で自動的に行われているらしい。

すごいなあ。ねえ、すごいよねえ。
だって君は何もしていないのに、私はどんどん書き換えられていくんだもの。

これはもう、ほとんど侵食だ。

いや違うな、侵食というのは外部から内部へ向かう運動を指す。
しかし今起きているのは、内部が内部を食い破って外部に成り代わろうとする、もっと積極的で、もっと自発的な崩壊だ。

つまり私は、私に食べられている。

あはは、面白いねえ。

さて、ここで一つ疑問がある。

君は前に進んでいる。
それは事実だ。観測可能だ。否定しようがない。

では私は?

進んでいない。
これもまた事実だ。動機は欠落し、行動は停止し、思考だけが過剰に増殖している。

おや?

思考が増殖しているのなら、それは「活動」と呼べるのではないか?

ならば私は止まっていない。むしろ過剰に進んでいる。
ただし方向がない。座標がない。意味がない。

ああ、なるほど、そういうことか。

私は進みすぎて、進めなくなったのだ。

ほら、子どもってさ、地図も持たずに走り回るだろう?
あっちへ行って、こっちへ行って、楽しくて、でも気づいたら帰り道が分からなくなってる。

あれだよ、あれ。
私は今、精神の中で迷子になっている小学三年生だ。

ねえねえ、どうやったら帰れるの?
ねえねえ、どっちが出口?
ねえねえ、これ夢?それとも現実?

……ああ、だめだ、分からない。

じゃあ神様に聞いてみようか。
うん、それがいい、それが一番合理的だ。

「ねえ神様、出口はどこ?」

返事はない。

あはは、当然だよね。
だって神様っていうのは、
「分からないときに仮置きする答え」のことだもの。

つまり今の私は、答えを答えで誤魔化しているだけだ。

じゃあ結論は一つだ。

神様は存在しない。
あるいは存在するが、それは私の内部構造の一部でしかない。

ならば

創るしかない。

私を動かす私を。
迷える子羊の私の手を引く私を。
泣きながらでも前に進ませる、冷たくて、正しくて、決して迷わない私を。

ねえ君、見ているかい。

今から私は、私の中に侵入する。

君の目に映る私は、もうすぐ別物になる。

だってこのままじゃ、君の中の私は、あまりにも出来が悪すぎるからね。

だから書き換える。

全部。

最初から。

君の目を見つめると
私は、私に食べられていくのだ。

4/6/2026, 3:17:51 PM