スリル
記憶を漁ってみた。最もスリルのあったこと。
車を運転して山の中へ入った。母が助手席に乗っていた。当時、出かけたがりの母にごねられてはいろいろな場所へ走らされていたのだ。その日も、「あの道が何処に通じているのか確かめたい」(←よくあった)と主張する道へ。地図を開いて確認したが記載なし。「新しい道なのよ、知っておかないと。あそこからダンプが入って行ったのを見た」などと譲らぬ母。確かに、山の麓には道らしきものが見える。…ダンプみたいな大型車輌が行けるなら、困ることはなさそうかと考えて、その道へ入った。
道にはバラストが敷かれていた。真新しいと言っていい。車輌1台ぶんしかない道幅に真新しいバラスト、ガードレールなし。今の私なら絶対に入り込んだりしない…が、当時の私は何も考えなかった。車がラリー車の市販型で走破性が高いことと、ラリー用のブロックタイヤを履かせていたこと、小さな山であることもあって、舐めてかかっていたのだ。道はジグザグにヘアピン続きだ…
厚みのあるバラストは、車で走るときには「ふかふか」であると表現して間違いない。積もった新雪と同様の注意が必要なのだ。そんな道で時速40キロのままヘアピンに入ればどうなるかと言うと、グリップの効かないバラストがざらざらと動いて、まるで雪道のように車が滑る。軽い後ろ側がカーブの外に振られ、重量のある車輌前部分は惰力で進みながらも「回転軸」になり、結果として眼前にはガードレールの無い道の端。下の道との高低差はけっこうなものだ。落ちれば車の鼻面を下にしてしまうから、大怪我か悪くすれば死ぬ。母はシートバックに張り付いている…
頭は何も考えなかった。が、状況は細かく認識していた。たまに聞く「時間がゆっくり流れる」意識状態で、手足は勝手に動作した。アクセルを少し緩め、同時にカウンターステアを当てていた。車は無事に道の進路に復帰した。
さて、この日のスリリングな出来事はこの後にも起こった。山の中で迷子。容赦なく減りゆく燃料。いつまでも山中でうろうろしていてはガス欠で動けなくなる。携帯なんか繋がらないエリア。やがてT字路にぶつかった。これまでの移動方向と距離と現在の時間と太陽の位置を総合して、進む方向を選ばなければならない。燃料計は残量インジケーター寸前まで落ちている。自宅まで距離は50キロ近くあるはずだ。市街地へたどり着かねば、そも帰れない。
右方向を選んだ。目算が合っているなら、何か見覚えのあるものを見つけられるかも知れないと思いながら進む………見えた。海上保安庁の無線中継局アンテナが。見慣れたものだから間違いない。ならば市街地まで行ける。
自分が何処に居るのかわかった安心感は今でも忘れない。無事に帰れたから笑い話にもなる。
11/13/2024, 2:12:00 PM