【花畑】
私は数ヶ月前に事故にあった。
車との接触事故だったらしいのだが
頭を打った衝撃で何も覚えていない。
その時自分が何をしようとしていたのかも覚えてない
気づいたときには病室にいた。
病室には病院側の配慮か、綺麗な花が飾られており
その香りが私の心を落ち着かせていた。
記憶喪失の件は
幸い箸の持ち方、ペンの使い方など日常習慣に関わるものについては記憶があり、支障はない。
自分については大学生初めくらいまでしか思い出せない
面会ですよ。看護婦から声がかかる。
病院生活初の顔合わせだ。
母の"元気そうで良かった"から話は始まる
「あの、俺って仕事何してた?」
「弁護士よ」
「そうか、俺って弁護士なんだ…まったく法律なんて思い出せないなぁ…困った」
「いいのよ。きっと思い出せるわ」
「なぁ、俺って妻とか子どもとか、家族っているのかな?」
すると一瞬で相手の顔が曇る。
相手がおらず、貴方は彼女いない歴=年齢よ。というのを苦く思っているのだろうか
まぁ、居るとしても会いに来ないのは少し不自然でもある。
「あのね…会わせたい人がいるの。いいかしら?呼んでも」
いきなり人に合わせたいなんて言葉が返ってくるとは予想もしていなかった。
なんだ、結婚する相手がいないから記憶がない内に勝手に押し付けようとでもしてるのか?笑
「入ってきてください…」
相手が扉から顔を見せる
その瞬間だった
「妻は!!私の妻は生きてますか!!」
いきなり何かの衝撃で言葉を発した。
自分でもびっくりした。
「娘を…覚えているのですか…!!」
顔を見た瞬間、全てが蘇ってきた。
そうだ、俺はあの日、妻の危篤の知らせに急ぎ病院に向かっていた途中だったのだ。
まさかそんな自分が交通事故に遭うなんて思ってもいなかったが
手に持っていたのは紛れもないこの病室に飾られている花だ。
妻と2人で建てた家に初めて鉢植えを設置し、
花を育てたときの思い出だ。
「ねぇ、見て。
小さな花畑があるわ」
鉢植えに咲く花を見て妻が微笑む。
それにつられ自分も嬉しくなったのを覚えている。
嬉しくてつい親戚に沢山話したんだっけな。
幸せだった。
それ以降は毎年その花を植えた。
思い出の花だ。
だからだろうか、こんなに心が落ち着いたのは。
「覚えてくれていてありがとう…」
溢れる涙をハンカチで押さえながらその男は言った
「娘は…あなたが交通事故に遭ったその3時間後に身罷っていきました…
自分の死に際に夫がいないのを悲しく思わないように真実を伝えようかと思ったが、夫が死にそうな報告を聞いて安らかに眠ることはできないだろうと思い
『花畑から花を摘んできているから、もう少し待っててね』
と、伝えました。
娘は…
『まぁ、どんな花束が来るのかしら』
って………微笑みながら…………」
顔をくしゃくしゃにしながら泣く男を前に
自分も耐えられず涙が溢れる。
何もできなかった無力感が自分を責め立てた
そんな気持ちを抑えるように、花の香りがましてゆく。
9/17/2024, 12:34:58 PM