黒尾 福

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 世界一賢いを自称する奇妙なカラスがいた。
 人同様に話し、思考し、人をからかうのが大好きなカラスはいつものように公園で菓子パンを食べる中年男性からそれを拝借していた。
 無気力な男は昼になるとここに来て人気のないベンチに腰掛けるとこのカラスに餌をやるものだから、ある日を境に話すせることを暴露する中になるまでそう時間はかからなかった。
 ある日の折、男は徐ろに大きなため息を吐いた。人の不幸は蜜の味、カラスはケタケタと笑いながら不幸話を笑い飛ばしてやろうとした。
「君と同じになりたい」
 ところがどっこい、男が溢したのはこれまた奇天烈な夢であった。
「カラスに? 冗談だろ、オッサン」
 カラスは野生の苦悩を熱烈に彼に伝えてきたものだから、いまいち彼の言葉を理解できなかった。
 カラスは知っている。人間が生きるのに戦う必要なんてないことを。毎秒毎に死が過る瞬間も、震えて眠れぬ夜も、朦朧とする昼も、なにも。
「自由になりたいんだ。翼が生えて、どこまでも飛んで」
 カラスは空いた口が塞がらなかった。
 飛んでどこに行くのだろう。この空に自由なんてない、あるのはただ寒いだけの場所だ。
 夢見る男は微笑み語るが、賢いカラスは、何も語らなかった。つくづく幸せな夢の泡を割る趣味はこの黒い鳥は持ち合わせていないのである。





テーマ:鳥のように
タイトル:賢人の見る景色

8/22/2023, 1:06:17 PM