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「 あ り が と 」



事件以降、後遺症で不自由な身体になり、うまく話せなくなった。対人恐怖症にもなり、お話を聞きたいと病室にしつこく来る警察をまだ話せる状態じゃないと毎日のように母が追い返していた。私はベッドの上で怯えていた。
ある日、私と同じ被害にあった人が事件のことを詳しく話したらしい。それからは話を聞きたいと病室に来る警察はほぼいなくなった。
その人の証言で犯人は逮捕され、時間が経つにつれ、ニュース番組も世間もこの事件を忘れていった。

結果、私は事件のことを警察に話すことなく、事件解決に至った。

のに、一人の男性刑事は毎日のように病室に来ていた。怯えている私に無理に話すこともなく、ただ顔を見てまた、と帰っていく。

少しずつ、この人なら信じられるかも、と思った。
正確には、信じて、裏切られてもいい、と思った。


その人は、後に刑事をやめ、行方はわからない。



うまく話せない、身体もうまく動かせないきみは一生懸命書いていた。

紙がずれ、見かねたオレは書きやすいように折った。


「 あ り が と 」



それが彼女との最後になった。最後にした。彼女を見届けたらオレは刑事をやめる。そう決めていた。この瞬間、刑事として彼女を見守る役目はやり遂げたと感じて彼女に伝えず、刑事をやめた。




八年後、オレはテラス席で新聞を読んでいた。まだ職業病が抜けていない。休日だからかそれなりに人はいたが、夕方になると流石に減ってくる。

向かいの服屋のショーケースの前に女子高生と母親らしき二人が立ち止まった。親子だろう。向かいと行ってもテラス席からはすぐだし、小さい服屋で男性向けの洋服を着ているマネキンを娘らしき制服姿の女の子が見つめていたから気になった。


『どうしたの?あ、こういう服の男性が好みなんだ、お母さんもね、昔はこんな彼氏いたのよ。あ、そうそうこれ、流行ったのよー、懐かしいわね』


マネキンを見つめ続ける女子高生


「どうしたの?あ、あなた緑好きだもんね、メンズだけどベルトすればあなたも着れるわよ」


マネキンを見つめ、静かに涙を流す女子高生


『愛?どうしちゃったのよ』



愛?…



「……むかしね、お世話になった刑事さんが、いっつもこんな服装だったんだ。絶対ズボンは緑でさ…思い出しちゃって」


『そう…だから緑が好きなのね。カバンのストラップも緑だもんね』


「…うん。落ち着くんだ。近くで見守っててくれてる気がしてさ……もう会えないけど」


「それに…わたしずっと親いなかったからさ、ここにくる前の名前、みどりだったんだ。…また会いたいな」




「 な ん ね ん た っ て も わ た し を み つ け た ら 」


「 こ え か け て ね 」


「 ぜ っ た い だ よ  や く そ く ね 」




歩きだすのと同時に、スクールバッグに付いている、

みどりいろのストラップが、こちらに

手を振るように揺れだした_______

3/12/2025, 4:30:42 PM