白井墓守

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『雪』

雪が降った。
珍しいぐらいの大雪で、古い隣の家の屋根から雪がドサリと落ちる音がする。
純白の花弁を敷き詰めたような新雪の絨毯は、朝になったら消えてしまった。まるで夜中にだけ咲く茉莉花の花みたいに。

「なに、書いてんの?」
「雪のこと」
「ふーん」

雪の精、という存在がいる。
普段は隠れ潜んでいるものの、この世界に雪をもたらす大事な存在だ。

「ねぇ、体調は大丈夫? 仲間の元に戻れそう?」
「……うるさいな。ボクにあまり構わないでくれる?」
「ご、ごめん。僕、君のことが心配で……」
「別に、心配してなんて言ってない……でも、世話してくれるのは、その、ありがと」

彼は雪の精だ。
彼、と言っているが、正直にいうと性別はないらしい。
ただ、僕が女の子と一つ屋根の下に一緒に暮らしていると考えたら頭が爆発してしまうので、便宜上……彼、ということにしている。
真っ白な髪と薄氷色の瞳。中性的な見た目で、ゼウスに愛された絶世の美少年みたいな姿をしている。
その代わり、口はすこぶる悪い。
雪どころか、氷柱のような尖った冷たい性格だ。

「あした、だっけ」
「……うん」
「寂しくなるなぁ……」
「ふん。うるさいのが居なくなって、せいせいする。じゃなくて?」
「さみしいよ、本当に」
「あっそ」

彼は明日、仲間の元へ帰る。
もともと、ちょっとしたトラブルで僕の家に居てもらっただけなのだ。
尖った物言いでも、居ないとこを想像すると、今よりずっと胸がきゅっと痛んだ。

「頭は大丈夫? 溶けて固くなった雪が当たったとこ」
「……もう、平気。人間より丈夫だから」
「よかった」

僕が安堵して、にっこりと彼に笑いかけると、そっぽを向かれてしまった。

○○○

次の日、日付が変わって直ぐの頃。
がさごそと音が聞こえる。
彼が仲間の元へと帰るのだろう。
僕は眠い目をこすって布団から起き上がった。
きっとこれが一生の最期になる。
二度と会えないだろうから、顔を見ておきたかった。

「……なんで、起きてるの」
「君と、お別れが、言いたく、て」
「……ばか」
「ごめん」

うっかり視てしまったソレは、人間の学生証だった。
あぁ、やっぱり。という気持ちが僕の中にはあった。
騙されたことへの怒りではなく、ほんの少しの安堵と包み込むような心配だった。

「人間だったんだね」
「そうだよ。雪の精なんて、本当に居ると思ってたの? 馬鹿みたい。家に戻りたくないから、適当に言って居座っただけ……それだけ、だよ」
「そっか」
「なんか、ないの」
「? うーん。そうだな…………また、来てよ」
「馬鹿なの?」
「馬鹿でいいよ」
「……考えとく。アンタの出すココアは不味くなかったから」
「うん」

冬休みがそろそろ開ける。
だから学生である彼は帰るのだろう。
でも、もしも、また家出したくなったときは、此処に来てくれたら嬉しい。
彼を見つけたときの、手足に傷を負って鼻を真っ赤にしながら体育座りに屋根の下に座り込んでいた姿を思い出してそう思う。

「またね」
「……また」


おわり

1/7/2026, 10:56:06 PM