アブダクションと言って、地球に旅行に来た者はなぜかUFOで牛を攫わなければならないらしい。よく分からないが、そういう伝統なのだそうだ。
攫う伝統ができているという事はきっと牛という生物は可愛いのだろう。キャトルミューティレーションと言って掻っ攫った家畜の内臓と血液を抜いて外側だけ地球に返すという行為もあるが何だその蛮行は。あまりに品がない。可愛い牛ちゃん(見た事はないが)が可哀想だろ。地球人から野蛮な生物だとか思われちゃうだろ。自分のような高尚な知的生命体はそんな下等生物のような愚かな真似はしない。
あ、ほら見えてきた。なんか白黒してる奴と茶色の奴がいるんだな。色にバリエーションがあるなんてその辺も可愛いじゃないか。1匹に目星をつけてUFOの内部まで吸い上げるための光線を出した。
ゆっくり浮かんで近づいてくる。予想に反して暴れない。意外と大人しいな。ペットにしてもいいかもしれない。何か地球の病気をもってるかもしれないから予防接種を受けさせないといけないのかな。躾は難しいだろうか。それよりも、ママ許してくれるかな。
どんどん近づいてくる。ん?意外と大きい?まぁ多少大きくとも問題は……。
完全に吸い込んだ。でけえ!!!え、大きい!!こんな大きいなんて聞いてない。怖い!!なんかモシャモシャ咀嚼してるの何!?草!?吸い上げられてる間ずっと噛んでたの!?
地球人(成体)の3分の1程度の大きさの我々にとって牛という生き物はとんでもなく大きかった。こんなのに暴れられたらひとたまりもない。抱っこしたかったのに。あ、でもつぶらな瞳は可愛いかもしれない。でもやっぱり怖い。
離れた所から少し観察するが、すごく大人しい。それにしても、攫ってどうするんだ。別に肉を食う訳でもなし。戦利品という事か?それ以上に牛の内臓やらを抜いた奴らは何を考えてるんだ。何がしたかったんだ。実物を目の前にしても先人の行動が理解できない。サイコパスか。地球への旅行が規制されたらどうするつもりだ愚か者どもめ。
誘拐までできなければアブダクションにはならないのだが、別に遂行できずとも罰則等はないので人間に発見されないギリギリの位置までUFOの高度を下げ、牛にパラシュートをつけてゆっくり落下させた。パラシュートをつける時にンモォ〜と鳴くもんだから恐ろしくてたまらなかった。あんなのんびりした生き物だ、のんびりしたあの鳴き声もきっと威嚇だったのかもしれない。
無事に地面に到着したらしい。何事もなかったかのように足元の草を食べ始めた。地球の草はそんなに美味いのか。
土産は無くなったがそろそろ帰ろう。次は押入れの奥で埃をかぶっている生物を小型化できる装置を持ってこようと思う。一応初めての星だし要るかなぁ?とは思ったが、荷物が多くなるのが嫌で結局置いてきたのが悔やまれる。
草を食み続ける牛にベスと名付け名残惜しそうにしばらく眺めた後、UFOは地球を後にした。
6/18/2024, 2:55:14 PM