夜汽杏奈

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「雫」

水槽の底にある
ビー玉から覗いた世界
ため息と水草と気泡が
コポコポ音をたて揺れていた

うっすら七色に光る
ガラスの外の世界
あの時繋いだ二つの手と
あの時揃えた大きな革靴
世界は終わりなく美しいと信じてた

ガラスに両手を当て
このビー玉から出してくださいと
いうポーズをして
いつも自分がヒロインでいることに
溺れていたのかもしれない
何の意味があったのだろう
目に見える泡は水の中では見えるのに
本当はため息さえ幻
全ては偽りの映画のよう

気泡は涙
揺れる水草は諦めと怠惰
視点はありとあらゆる場所に映り
宇宙の星全てが監視カメラなら
貴方の居場所も分かっただろうに
ガラスも木製のドアも飛び越え
二人が映る星に飛んで行く

そうだ、いつか夜汽車に乗ろう
きっと大事なことを思い出した

ビー玉の中にいるのは私
その私を見ている私は誰

懐かしい貴方
水の中から取り出し
大きな手のひらにビー玉を乗せた
真っ直ぐこちらを見る眼には
大きな大きな一粒の涙の雫

「やっと見つけた、もう離さない」

私は偽りの両手をつくポーズを止めると
急に身体の力が抜け
だらしなくへたり込んだ
ビー玉は静かに割れた

貴方の暖かな涙の雫で
初めて濡れた髪
ガーゼのハンカチは
いつか私が贈ったもの
疲れきった私は
貴方の手のぬくもりの中で眠る

「大丈夫、いつか二人、夜汽車で帰ろう」

コポコポと水槽の音に紛れ
おぼろげに優しい声が聴こえる





4/21/2023, 10:48:07 AM